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2026.08.20 らしくコラム

賃金のデジタル払い|給与システムの対応



監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)

この記事の結論

  • 制度の位置づけ:厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ、労働者の同意を得て賃金を支払える仕組みです*1。
  • 業者は限られる:資金移動業者82事業者のうち指定を受けているのは4事業者にとどまります(2026年1月31日時点)*1。
  • システムの要点:口座種別ごとの振分け、指定代替口座の保持、支払失敗時の扱い。複数の受取先を持てる構造にできるかが分かれ目です。

※ 本記事は2026年8月時点の公式情報(省庁・公的機関・ベンダー公式ドキュメント)に基づきます。

賃金は銀行口座への振込で受け取るもの——長くそう決まっていた前提が、選択肢の一つになりました。労働者の同意を得た場合には、厚生労働大臣が指定する資金移動業者の口座への資金移動によって賃金を支払うことができます*1。いわゆる賃金のデジタル払いです。

給与システムの担当者から見ると、これは「振込先の種類が増える」という話にとどまりません。労使協定で定めた範囲、労働者ごとの同意、上限額を超えたときの受け皿、支払が通らなかったときの扱い——制度の作りがそのままデータ構造と処理の分岐に跳ね返ってきます。

本記事では、給与システムを担当する情報システム部門と、その改修を受託する立場に向けて、制度の骨格、システムに影響する箇所、テストの観点、そして導入を判断するときの見方を整理します。制度の解釈が要る部分は最新の公式資料で確かめながら進めてください。

スマートフォンで残高を確認する従業員のイメージ

制度の骨格——二階建てで絞り込まれている

この制度は、二つの層で業者を絞り込む構造になっています。厚生労働省の資料では「1階部分」「2階部分」という言い方で整理されています*1。

賃金のデジタル払いの二階建て構造(1階=資金決済法にもとづく金融庁の規制、2階=労働基準法施行規則にもとづく厚生労働大臣の指定要件)と、事業主側の手続を労使協定・説明・同意書・支払処理の四段階で示した図

1階部分は、資金決済法等にもとづく規制です。内閣総理大臣の登録を受けた資金移動業者が、履行保証金の供託、システムリスク管理、利用者保護に関する措置といった規制を受けます。これはすべての資金移動業者にかかるものです*1。

2階部分は、労働基準法施行規則にもとづく要件です。賃金の確実な支払を担保するための要件を満たす一部の業者だけが、厚生労働大臣の指定を受けて賃金支払に使えます*1。

絞り込みの度合いは、数字で見るとはっきりします。厚生労働省の資料によれば、2026年1月31日時点で資金移動業者は82事業者ある一方、指定を受けているのは4事業者です*1。制度が始まって数年が経ちますが、対象業者は限られた状態が続いています。

なお、銀行口座への振込や、一定の要件を満たす証券総合口座への払込は引き続き可能です。そして重要な前提として、資金移動業者の口座への賃金支払を使用者が労働者に強制しないことが求められています*1。つまり、既存の振込を廃止して置き換えるのではなく、選択肢を足す形にする必要があります。

指定の要件——7項目が制度の設計思想を示す

指定を受けるために業者が満たすべき要件は、7項目として定められています。給与システムを設計する側にとっても、この要件を読むと制度が何を守ろうとしているのかが見えてきます*1。

表1:指定資金移動業者の要件(厚生労働省資料をもとに整理)
要件 内容 給与側への含意
残高の上限 口座残高上限額を100万円以下に設定、または超えた場合に速やかに100万円以下にする措置 上限を超える支払が発生しうる前提で受け皿を用意する
破綻時の保証 破産等により債務の履行が困難となったとき、労働者への債務を速やかに保証する仕組み 代替口座の情報を保持する必要が生じる
不正取引の補償 労働者の意に反する不正な為替取引などで損失が生じたときに補償する仕組み 労働者への説明事項として扱う
残高の有効期間 最後に残高が変動した日から少なくとも10年は残高が有効 退職者の残高が残る想定を持つ
受取のしやすさ ATM等で1円単位の受取ができ、少なくとも毎月1回は手数料を負担せず受取が可能。資金移動も1円単位 端数の扱いを銀行振込と揃えられる
報告体制 業務の実施状況と財務状況を適時に厚生労働大臣へ報告できる体制 業者側の要件。指定取消のリスクを想定する
技術的能力と社会的信用 業務の適正かつ確実な遂行に足る技術的能力と、十分な社会的信用 業者選定の判断材料になる

この一覧のうち、システム設計にいちばん響くのは残高の上限と破綻時の保証です。どちらも「口座に入りきらない、あるいは口座が使えなくなる」場面を想定した要件で、そのとき資金がどこへ行くのかを決めておく必要があります。

また、指定を受けた業者が要件を満たさなくなった場合には、厚生労働大臣が指定を取り消すことができるとされています*1。つまり、いま使えている業者が将来も使えるとは限りません。特定の業者に強く結合した作りにしておくと、指定取消や事業終了のときに困ることになります。

現金化できないポイントや暗号資産による賃金支払は認められていません*2。この点は、社内で「電子マネーで払えるのか」という話が出たときの線引きになります。

事業主側の手続——労使協定と同意書がデータになる

導入するには、いくつかの手続を踏む必要があります。この手続の内容が、そのまま給与システムに持たせる項目になります。

労使協定です。過半数労働組合または労働者の代表との間で協定を結び、対象となる労働者の範囲、対象となる賃金の範囲とその金額、取扱指定資金移動業者の範囲、実施開始時期を定めます*3。

ここで「取扱指定資金移動業者の範囲」を定める点に注意が要ります。労使協定で認めた業者以外は使えないため、システム側でも「協定で認められた業者だけを選択肢に出す」制御が必要になります。マスタとして持ち、協定の改定に応じて追加できる形が望ましいでしょう。

労働者への説明です。希望する労働者に対して、留意事項を説明します。このとき、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示しなければならないとされています*3。デジタル払いだけを提示する運用は認められません。

社内の申請画面を作る場合、この点は画面設計の制約になります。受取方法の選択肢として銀行口座と証券総合口座を並べて表示し、説明を読んだことを確認する導線を入れる。こうした作りにしておくと、手続を踏んだ記録も残ります。

同意書です。労働者は、デジタル払いで受け取る賃金額、資金移動業者の口座番号、指定代替口座の情報を記載して提出します*3。

この三点が、そのままデータ項目になります。特に「デジタル払いで受け取る賃金額」という項目に注目してください。全額ではなく一部の金額を指定できる構造です。つまり、一人の労働者に対して「デジタル払いで3万円、残りは銀行口座へ」という分割が起こりえます。

指定代替口座です。これは、残高が受入上限額を超過した際に超過分が自動で出金されたり、指定資金移動業者が破綻した際に口座残高が弁済されたりする預貯金口座を指します*3。労働者が指定するもので、給与システム側でも保持しておく必要が生じます。

給与システムに手が入る箇所

手続の内容を踏まえると、システム側で見直す箇所が具体的に見えてきます。

第一に、受取先マスタの構造です。従来は「従業員1人につき振込先1件」で足りていた設計が多いはずです。デジタル払いでは、一人につきデジタル払い口座、指定代替口座、そして残額を受け取る銀行口座——複数の受取先を持つ形になります。一対多の構造に変える必要があるかを、まず確かめます。

第二に、金額の割り当てです。同意書で指定された金額をデジタル払いに回し、残りを銀行口座へ。この配分の計算を、支給額が月ごとに変わる前提で組みます。指定額が支給額を上回る月にどう扱うかも決めておく必要があります。

第三に、振込データの生成です。銀行振込は全国銀行協会の形式が長く使われてきましたが、資金移動業者への送金は業者ごとの方式になります。ファイル連携なのか、APIなのか。締めから支払日までの所要時間も業者によって違います。人事給与システムの連携で扱うような接続の設計を、業者ごとに用意することになります。

第四に、支払結果の取り込みです。送金が通らなかった場合の扱いを決めておく必要があります。上限に達していて受け取れない、口座が凍結されている、退会済み——原因ごとに、代替口座へ回すのか、翌月へ繰り越すのか、手作業で処理するのか。賃金の支払期日がある以上、失敗をそのままにはできません。

第五に、明細への表示です。給与明細に受取先を表示している場合、デジタル払いの内訳をどう見せるかを決めます。労働者が自分の受取先を確認できる状態にしておくことは、トラブルの予防にもなります。

第六に、退職時の処理です。残高は最後の変動から少なくとも10年は有効とされています*1。退職者のデジタル払い口座情報をいつまで保持するのか、最終給与をどこへ支払うのか。退職手続のフローに組み込んでおきます。

テストと運用——賃金だからこそ慎重に

給与の支払は、誤ると生活に直接影響します。テストと運用の設計は、通常の機能追加より慎重に組む領域です。

境界のパターンを洗い出します。指定額が支給額を上回る月、控除が多く手取りが指定額を下回る月、月の途中で同意を撤回した場合、労使協定の対象範囲から外れた場合。こうしたパターンを一覧にして、期待する挙動を先に決めておきます。

並行稼働の期間を取ります。いきなり全社で切り替えるのではなく、希望者の一部から始めて、支払が正しく通ることを確かめる。制度上も労働者への強制はできないため、段階的に広げる進め方が制度の性格にも合っています。

失敗時の手順を文書にします。支払日の直前に送金が通らないと分かったとき、誰が何をするのか。代替口座へ振り替える判断は誰がするのか。システムだけでは決められない部分を、運用手順として残しておきます。

業者側の変更に追随できるようにします。指定の取消、サービスの仕様変更、事業の終了。いずれも起こりうる前提で、業者を追加・停止できる作りにしておきます。特定の業者名をコードに書き込むのは避けたいところです。

なお、資金移動業者の口座を扱うという性格上、金融関連の制度動向も視野に入ります。電子決済手段をめぐる制度で扱うような領域と地続きなので、社内で説明するときの参考になります。

導入を判断するときの見方

制度として使えることと、自社で導入すべきことは別です。判断の材料を整理します。

需要がどれだけあるかです。希望する労働者が数人であれば、改修の費用に見合わない可能性があります。まずは社内で希望を聞き取り、規模感をつかんでから判断するのが順序でしょう。短期の就業者が多い職場、給与の一部をすぐ使いたい層が多い職場では、需要が出やすいと考えられます。

使う業者が絞られている点です。指定を受けているのは4事業者(2026年1月31日時点)にとどまります*1。労働者が使いたいサービスが指定を受けていなければ、希望に応えられません。この点も含めて社内へ説明しておくと、期待値のずれを避けられます。

既存システムの余地です。受取先を一対多で持てる作りになっているか。振込データの生成が業者ごとに差し替えられるか。ここが硬い作りだと、改修の規模が大きくなります。既存システムの刷新にかかる費用で扱うような見積りの考え方が、判断の材料になります。

外部サービスを使う選択です。給与計算をパッケージやクラウドサービスで回している場合、そのサービスが対応しているかを確かめるのが先です。対応していれば、自社の改修は連携部分に絞れます。IT費用の考え方を踏まえ、自社で作る範囲と外部に任せる範囲を切り分けます。

結論として、いま急いで作り込む必要がある企業は限られると考えられます。ただし、受取先を一対多で持てる構造に寄せておくこと自体は、将来どの制度が来ても役に立ちます。制度対応の準備としてではなく、設計の改善として進めておく選択もあるでしょう。

受託・委託で進めるときの要点

この種の改修を外部と進める場合の要点を挙げます。

第一に、制度側の担い手を決めることです。労使協定の内容、同意書の様式、説明の手順。これらは労務の領域です。社内の労務担当や社会保険労務士に確かめる窓口を決め、開発側は決まった内容を仕様として実装する役割に集中します。

第二に、業者との接続仕様を早く手に入れることです。送金の方式、締めのタイミング、エラーの種類と戻し方。これが分からないと設計が進みません。業者の資料を取り寄せる作業を、工程の最初に置きます。

第三に、テストデータと検証環境の確保です。実際の送金を伴う検証は、業者側の試験環境が要ります。使えるかどうか、いつから使えるかを先に確かめておかないと、検証の段階で止まります。

第四に、範囲を絞って始めることです。受取先の構造を一対多に直す部分と、特定業者への接続を作る部分は分けられます。前者を先に済ませておけば、業者が増えたときの追加は軽くなります。

第五に、運用資料を成果物に含めるかを決めることです。労働者向けの案内、担当者向けの手順書、失敗時の対応フロー。システムだけでは運用が回らないため、契約の段階で範囲を決めておきます。

体制としては、給与計算の実務を理解している要員が入れるかが分かれ目になります。振込データの形式や締めの段取りは、実務を知らないと勘所が分かりません。業務側と設計側が同じ場で話せる形を作れるかを、委託先を選ぶ観点に入れておくとよいでしょう。

まとめ:賃金のデジタル払い対応で押さえる3つの視点

賃金のデジタル払いは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ、労働者の同意を得て賃金を支払える仕組みです。押さえたい視点は三つです。第一に、制度は資金決済法の規制に労働基準法施行規則の要件を重ねた二階建てで、指定を受けた業者は4事業者(2026年1月31日時点)にとどまり、労働者への強制はできず銀行口座と証券総合口座も選択肢として提示する必要があること。第二に、同意書でデジタル払いに回す金額を指定する構造のため、給与システムは一人の労働者に対して複数の受取先と金額配分を持てる形に変える必要があり、指定代替口座の保持と支払失敗時の扱いも設計に含まれること。第三に、指定の取消もありうる前提で特定業者に強く結合しない作りにしておくことが、将来の変更に対する備えになることです。まずは自社の受取先マスタが一対多で持てるかを確かめ、社内の希望の規模をつかんでから改修の範囲を決めるのが堅実でしょう。

LASSICに相談するメリット

LASSIC IT事業部は、元請(プライムベンダー)として、給与・人事・会計に関わる業務システムの開発と改修を受託しています。受取先を一対多で持つデータ構造の見直し、業者ごとの送金連携の切り離し、支払失敗時の再処理の設計、境界パターンのテスト設計まで、賃金という誤りが許されない領域をご一緒できるのが強みです。

よくある質問

どの資金移動業者でも使えるのですか。

使えません。資金決済法にもとづく登録を受けた業者のうち、労働基準法施行規則の要件を満たして厚生労働大臣の指定を受けた業者だけが対象です。厚生労働省の資料では、2026年1月31日時点で資金移動業者82事業者のうち指定は4事業者とされています。加えて、労使協定で定めた取扱業者の範囲に含まれていることも必要です。

銀行振込をやめてデジタル払いに統一できますか。

できません。使用者が労働者に強制しないことが前提とされており、銀行口座への振込や一定の要件を満たす証券総合口座への払込は引き続き可能です。労働者へ説明する際にも、銀行口座か証券総合口座を選択肢としてあわせて提示する必要があります。選択肢を足す形で設計することになります。

給与システムでいちばん大きな改修はどこですか。

受取先の持ち方です。従業員1人につき振込先1件という前提の設計だと、デジタル払い口座・指定代替口座・残額の振込先を同時に持てません。一対多の構造へ変え、同意書で指定された金額をデジタル払いへ、残りを銀行口座へ配分する処理を組むところが中心になります。

残高の上限を超えたらどうなりますか。

指定の要件として、口座残高上限額を100万円以下に設定するか、超えた場合でも速やかに100万円以下にする措置を講じることが求められています。労働者が指定する代替口座は、上限を超過した分が自動で出金される先、あるいは業者が破綻した際に残高が弁済される先として位置づけられています。給与システム側でもこの口座情報を保持しておく必要があります。

導入は急いだほうがよいですか。

社内の希望の規模を見てから判断するのが順序だと考えられます。指定業者が限られている段階では、労働者が使いたいサービスが対象外という場合もあります。いっぽう、受取先を一対多で持てる構造に寄せる作業自体は、将来の制度変更にも役立つため、設計の改善として先に進めておく選択はあり得ます。

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出典

  1. *1 参考:厚生労働省「賃金のデジタル払いが認められる資金移動業者」および制度概要資料(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001662599.pdf)。二階建ての構造、指定の7要件、2026年1月31日時点の事業者数の一次情報として(2026年8月確認)
  2. *2 参考:厚生労働省「現金化できないポイントや仮想通貨での賃金支払いは認められません」(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001065931.pdf)。支払手段として認められない範囲の確認として(2026年8月確認)
  3. *3 参考:厚生労働省「使用者の方向け – 賃金のデジタル払いについて」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/newpage_55437.html)。労使協定に定める事項、労働者への説明、同意書の記載事項、指定代替口座の位置づけの確認として(2026年8月確認)




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