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EUプラットフォーム労働指令|アルゴリズム管理のリスク
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)
この記事の結論
- EUプラットフォーム労働指令は、加盟国が2026年12月2日までに必要な法令を施行することとしています。
- プラットフォームは、自動化されたシステムで感情や私的な会話、仕事をしていない間のデータなどを扱えなくなります。
- アカウントの停止や支払いの拒否は書面で理由を示し、見直しの請求には2週間以内に回答します。
※ 本記事は2026年9月時点の公式情報(省庁・公的機関、および製品やサービスを提供する事業者が公開している資料)に基づきます。
仕事の割り振りや評価をアプリで自動化しているが、EUで新しい指令ができたと聞いた。アカウントを止める判定をシステムが出しているが、このままで問題はないのか——。業務の割当や評価を自動化している企業の情報システム部門では、こうした疑問が出てきます。EUのプラットフォーム労働指令(指令(EU)2024/2831)とは、プラットフォーム労働における労働条件の改善と個人データの保護を目的とした、EUの指令です。*1
この指令は、アルゴリズム管理(仕事の割り振りや評価をプログラムで自動的に行うこと)について、扱ってはいけないデータと、決定を説明し見直す手順を条文で定めました。ただし、指令がそのまま企業に義務を課すわけではなく、実際の義務は各国の国内法で決まります。本記事では、業務の割当や評価を自動化している企業の情報システム担当者と、そうした仕組みの開発を受託する事業者に向けて、禁じられる処理、影響評価と開示、決定の説明と見直し、雇用関係の推定、そして外部に委託するときに確認したい点を整理します。
目次
EUプラットフォーム労働指令とは
指令(EU)2024/2831は2024年10月23日に採択され、2024年11月11日付の官報に掲載されました。加盟国は2026年12月2日までに、この指令に従うために必要な法律や規則を施行することとされています。*1 対象になるのは、アプリなどを通じて人に仕事を仲介するデジタル労働プラットフォームと、そのプラットフォームを通じて仕事をする人(以下、就労者)の関係です。
中身は大きく3つに分けられます。1つ目は、一定の事実があれば契約を雇用関係と推定する(反対の証明がない限り雇用関係として扱う)規定です。2つ目は、自動化された監視システムや自動意思決定システムについて、扱ってはいけないデータ、影響評価、就労者への情報提供を定めた規定です。3つ目は、システムが下した決定について、説明を受ける権利と見直しを求める権利を定めた規定です。これに、システムが就労者の安全と健康にもたらすリスクへの対応が加わります。
日本企業にとってまず確かめたいのは、EU域内でプラットフォーム労働に当たる仕組みを運営しているかどうかです。運営していなくても、業務の割当や評価を自動化するシステムを設計するときの参考になります。
扱ってはいけないデータ
この指令でもっとも具体的なのが第7条です。デジタル労働プラットフォームは、自動化された監視システムや自動意思決定システムによって、次の6つの処理を行ってはならないとされています。*1
| 禁じられる処理 | 条文の内容 | 当たりやすい機能の例 |
|---|---|---|
| (a) 感情・心理状態 | 就労者の感情的または心理的な状態に関する個人データの処理 | 音声や表情からの感情推定 |
| (b) 私的な会話 | 他の就労者やその代表とのやり取りを含む私的な会話に関する個人データの処理 | チャットの本文解析 |
| (c) 就業していない時間 | 仕事を申し出てもおらず、行ってもいない間の個人データの収集 | 常時の位置情報の取得 |
| (d) 基本的権利の行使の予測 | 結社の自由、団体交渉と団体行動の権利、情報提供と協議の権利の行使を予測する処理 | 労働組合づくりなどの兆しを点数にする機能 |
| (e) 属性の推定 | 人種・民族的出自、移民の地位、政治的意見、宗教・哲学的信条、障害、健康状態(慢性疾患やHIVの状態を含む)、感情・心理状態、労働組合員であること、性生活、性的指向の推定 | 行動ログからの属性推定 |
| (f) 生体データの照合 | データベースに登録された生体データと照らして本人かどうかを確かめるための、GDPR(EU一般データ保護規則)第4条(14)にいう生体データの処理 | 顔照合による本人確認 |
この条は、採用や選考の手続きが始まった時点から、プラットフォーム労働を行うすべての人に適用されます。登録を済ませる前の段階も対象です。さらに第7条第3項は、監視システムと自動意思決定システムに加えて、就労者に何らかの形で影響する決定を行う、あるいは支援する自動化されたシステムを使う場合にも、この条を適用するとしています。*1 最後の判断を人が下していても「完全な自動化ではないから対象外」とは言いにくくなります。
個人データを扱うシステムの設計では、差分プライバシーの実装のように、データを加工して個人を特定しにくくする方法もあります。ただし第7条が求めているのは加工のしかたではなく、表1のデータをそもそも扱わないことです。右の列のような機能があれば、残すかどうかから検討します。
影響評価と開示する項目
GDPRの第35条第1項は、新しい技術を使う処理などで人の権利と自由に高いリスクをもたらすおそれが高い場合に、処理を始める前に影響評価(リスクを事前に調べて対策を決めること)を行うよう、個人データを扱う事業者に求めています。*2 指令の第8条は、デジタル労働プラットフォームが自動化された監視・意思決定システムで個人データを処理することを、この影響評価が必要な処理に当たるものと定めました。
そのうえで指令は、GDPRにない手順を加えています。影響評価を行うとき、プラットフォームは就労者とその代表の意見を求めることとされ、できあがった評価は労働者の代表に提供することとされています。*1
第9条は透明性の規定です。プラットフォームは、就労者と労働者の代表、そして請求があれば各国の所管当局に対して、自動化された監視・意思決定システムを使っていることを知らせます。監視システムについて知らせるのは、使っている、あるいは導入しつつあるという事実、監視や評価の対象になるデータと行動の種類(サービスの受け手による評価を含む)、監視の目的と方法、そして処理したデータを渡す相手と、グループ会社内を含むデータの送信・移転です。
意思決定システムについては、使っている事実、決定の種類、システムが考慮するデータの種類と主要なパラメータ(判定に使う主な項目)、そしてその相対的な重要度を知らせます。就労者の個人データや行動が決定にどう影響するかも含まれます。アカウントを制限・停止・終了する決定や、行った仕事への支払いを拒否する決定の根拠も、知らせる項目に入っています。*1
主要なパラメータの相対的な重要度を知らせるには、モデルがどの項目をどれだけ重く見ているかを、開発した側が説明できなければなりません。AIガバナンス体制の構築で扱う、モデルの設計と判断の根拠を記録しておく仕組みが、この開示の準備にもなります。
決定の説明と見直し
運用の面でこの指令の中心になるのが第11条です。就労者は、自動意思決定システムが行った、あるいは支援した決定について、口頭または書面での説明を不当に遅れることなく受ける権利を持ちます。説明は、明確で平易な言葉で行うこととされています。プラットフォームは、決定に至った事実・状況・理由を話し合うための担当者を置き、その担当者が職務に必要な能力、訓練、権限を持つようにしなければなりません。*1
書面で理由を示すべき決定も列挙されています。アカウントの制限・停止・終了、行った仕事への支払いの拒否、契約上の地位(雇用か業務委託かなど)に関する決定、これらと同様の効果を持つ決定、そして契約関係の中心的な部分に影響する決定です。理由は不当に遅れることなく、遅くともその決定が効力を生じる日までに示します。*1
そのうえで、期限が2つ置かれています。1つは見直しの請求への回答で、就労者やその代表が決定の見直しを求めたとき、プラットフォームは十分に具体的で理由を備えた回答を、書面(電子的な形式でもよい)で、請求を受けてから2週間以内に返します。もう1つは是正で、決定が就労者の権利を侵害している場合、決定を下してから2週間以内に是正します。是正ができないときは、損害に見合う賠償を申し出ます。*1
いずれの場合も、同じ決定をくり返さないための措置をとることとされ、必要なら自動意思決定システムの修正や、使用の中止もその措置に含まれます。
雇用関係の推定と安全衛生
もう一つの重要な規定が、契約上の地位に関する第5条です。デジタル労働プラットフォームと就労者の契約関係は、各国の法令や労働協約、慣行、欧州司法裁判所の判例に照らして、指揮命令と管理を示す事実(仕事のやり方を指示し管理していること)が認められる場合、雇用関係と法的に推定されます。この推定を覆そうとするときに、雇用関係ではないことを証明するのはプラットフォームの側です。加盟国は、この推定によって就労者やその代表の立証の負担が増えないようにすることとされています。*1
第12条は安全衛生の規定です。プラットフォームは、自動化された監視・意思決定システムがプラットフォーム労働者の安全と健康にもたらすリスクを評価します。とくに挙がっているのは、労働災害、心理社会的なリスク(精神的な負担など)、人間工学上のリスク(無理な姿勢や動作など)です。そのうえで、システムの保護措置がリスクに見合っているかを確かめ、予防と保護の措置を導入します。第12条第3項は、システムを、労働者に不当な圧力をかける形や、心身の健康を危険にさらす形で使ってはならないとしています。*1
作業量の目標や評価のしかたの設計そのものが、この条文の対象になりえます。日本で業務委託の形で仕事を割り振る仕組みを持つ企業にとっては、フリーランス新法での取引条件の明示や、労働条件の明示と確かめる点が共通します。制度は別ですが、自動で決めた結果を人に説明できるかという問いは共通です。
システムに求められること
ここまでの条文を、開発の側から見直すと、次の3つが求められます。1つ目は、決定のたびに理由を書き出せることです。記録に結果だけを残す設計では、書面の理由を作れません。どの入力がどう影響したのかを、決定と同時に保存しておく必要があります。後から再計算して理由を作ると、モデルが更新されていた場合に、決定の当時の説明になりません。
2つ目は、2週間の期限を守ったことを示せることです。見直しの請求を受けた日時と回答した日時、決定を下した日時と是正した日時——この4つの時刻が記録されていなければ、期限を守ったかどうかを後から示せません。
3つ目は、是正をシステムの機能として持つことです。誤って止めたアカウントを戻す、拒否した支払いを実行する、といった操作を運用担当者の手作業に頼ると、2週間の期限に間に合わなくなるおそれがあります。
外部に委託するときに確認しておきたい点
委託するときに確認しておきたい点は5つです。一つ目は、決定を支援するだけのシステムも対象になる前提で設計しているかです。第7条第3項などにより、スコアを出すだけの仕組みも対象になりえます。二つ目は、システムが扱っているデータを一覧にし、表1の6つに当たるものが無いかを確かめているかです。とくに仕事をしていない間の位置情報と、チャットの本文の解析は見落とされやすいデータです。
三つ目は、アカウントの制限・停止・終了や支払いの拒否に当たる処理を、一覧にしてあるかです。四つ目は、説明の担当者の運用まで含めて見積もっているかです。担当者には能力・訓練・権限が求められるため、システムを納めるだけではこの要件を満たせません。五つ目は、EU AI規則への対応と記録の項目をそろえているかです。モデルの説明や記録という点で要求が重なるため、別々の台帳を作ると片方だけが更新されなくなります。
体制としては、プロダクトの設計と労務の実務の両方がわかる人が加わっているかどうかが大切です。どのデータを取っているか、どの処理が「決定」に当たるか、停止や支払いの拒否を誰が実行しているか——これらは仕様書の項目名だけを見ていても判断できません。業務の担当者と設計の担当者が一緒に検討できる進め方を、委託先を選ぶときの基準に入れておくとよいでしょう。
まとめ:労働指令で確かめたい3つの点
EUプラットフォーム労働指令への対応を考えるうえで、確かめておきたい点は3つに整理できます。第一に、自動化されたシステムが、感情や心理状態、私的な会話、仕事をしていない間のデータなど、第7条が挙げる6つの処理に触れていないかを確かめること。第二に、アカウントの停止や支払いの拒否といった決定について、書面の理由を示し、見直しの請求に2週間以内に回答し、権利を侵害する決定を2週間以内に是正できる記録と機能を持つこと。第三に、指揮命令と管理を示す事実があれば雇用関係と推定され、覆す立証はプラットフォームの側が負うと理解しておくことです。この3点を踏まえておけば、「国内法ができてから調べたら、判定の理由を示す記録が何も残っていなかった」という事態を避けやすくなります。扱うデータの洗い出しや記録の設計に迷いがあれば、外部の手を借りるのも一つの選択肢です。
よくある質問
日本企業がすぐに守らなければならない義務はありますか。
指令は加盟国に国内法の整備を求めるもので、企業が守る具体的な義務は各国の国内法で定まります。加盟国の期限は2026年12月2日です。EU域内でプラットフォーム労働に当たる仕組みを運営しているかどうかを、まず確かめておくとよいでしょう。
見直しの規定が当てはまらない人はいますか。
第11条は、規則(EU)2019/1150にいうビジネスユーザー(オンラインの仲介サービスで事業者として商品やサービスを提供する人)でもある就労者には適用されないとされています。*1 また、この条は各国の法令や労働協約、慣行に定める懲戒や解雇の手続きには影響しないとされています。
雇用関係の推定は、税や社会保障の手続きにも使われますか。
使われません。第5条の推定は、就労者の正しい雇用上の地位が争点になる行政・司法の手続きに適用され、税、刑事、社会保障に関する手続きには適用されないとされています。*1
決定の説明と記録づくりはLASSICへ
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出典
- *1 参考:EUR-Lex「指令(EU)2024/2831(プラットフォーム労働における労働条件の改善、官報 OJ L, 2024/2831, 2024年11月11日)」(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=OJ:L_202402831)。2024年10月23日の採択、労働条件の改善と個人データの保護という目的、第5条(雇用関係の法的推定、反証責任、立証負担、税・刑事・社会保障の手続への不適用)、第7条(六つの禁止処理、採用・選考の開始時点からの適用、決定を支援するシステムへの適用)、第8条(GDPR第35条第1項の高リスク類型、就労者と代表の意見聴取、労働者代表への評価の提供)、第9条(知らせる項目、主要なパラメータとその相対的重要度)、第11条(説明を受ける権利、担当者、書面での理由、2週間以内の回答と是正、賠償、システムの修正または使用中止、ビジネスユーザーへの不適用、懲戒・解雇手続への不影響)、第12条(リスク評価、不当な圧力の禁止、決定を支援するシステムへの適用)、第29条(2026年12月2日までの国内法化)の一次情報として(2026年9月確認)
- *2 参考:EUR-Lex「規則(EU)2016/679(GDPR)」(https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32016R0679)。第35条第1項(権利と自由に高いリスクをもたらす可能性が高い処理について、処理の前に影響評価を行うこと)の一次情報として(2026年9月確認)