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2026.07.03 らしくコラム

ハイブリッドクラウド戦略と使い分けの考え方

LASSIC IT事業部|元請(プライムベンダー)としてシステム保守・運用を受託

ハイブリッドクラウド戦略のイメージ

この記事のポイント

  • ハイブリッドクラウド・マルチクラウドは移行手段ではなく、業務やデータをどこに配置するかという経営判断です。
  • 可用性・コスト・データ主権・ベンダーロックイン回避という4つの観点は、しばしば互いにトレードオフの関係にあります。
  • 配置戦略を機能させるには、判断基準を明文化し継続的にレビューする体制が欠かせません。

ハイブリッドクラウド・マルチクラウドが指す配置の形

マルチクラウドの使い分けのイメージ

ハイブリッドクラウド・マルチクラウドとは、オンプレミス環境と複数のパブリッククラウドを組み合わせ、業務やデータの特性に応じて配置先を使い分けるIT基盤の構成方針を指します。単一のクラウド事業者に統一する方針とは異なり、可用性・コスト・データ主権といった複数の評価軸をもとに、配置先を意図的に分散させる点が特徴です。

図

配置戦略を決める5つのステップ

総務省の「通信利用動向調査」によると、2024年時点でクラウドサービスを利用している企業の割合は80.6%に達しています*1。同調査の2020年度分では、クラウド利用企業のうち複数のサービス事業者を併用していると回答した割合が85.5%にのぼり、単一事業者への一本化ではなく複数クラウドの併用がすでに実務上の主流になっていることがうかがえます*2

「ハイブリッド」と「マルチ」という言葉は混同されやすいものの、意味する範囲は異なります。ハイブリッドクラウドはオンプレミスと1つ以上のパブリッククラウドを組み合わせる構成を指すのに対し、マルチクラウドは複数のパブリッククラウド事業者を併用する構成を指します。両者は排他的な選択肢ではなく、多くの企業ではオンプレミスを残しながら複数のクラウド事業者も併用する、両方の要素を持つ構成が実態に近いでしょう。

この構成上の違いを理解したうえで重要になるのは、どの技術を採用するかではなく、どの業務・どのデータを、どの基盤に配置するのが経営目標に照らして合理的かという判断です。次節以降で、この配置判断を左右する観点を順に整理します。

移行の手順ではなく配置の経営判断が問われる理由

クラウド活用を検討する際、多くの情報は「オンプレミスからクラウドへどう移行するか」という手順に焦点を当てています。しかし複数クラウドを前提とする環境では、移行が完了した後も「どの基盤に何を置き続けるか」という配置の判断が継続的に求められます。

部門ごとの個別最適が基盤の分散を招く

クラウド活用の検討が部門単位で進むと、部門ごとに異なるクラウド事業者やサービスが選ばれやすくなります。個々の選定自体は合理的であっても、全社で見たときに管理対象の基盤が無秩序に増える結果を招きかねません。IPAの「DX白書2023」では、全社戦略に基づいてDXに取り組んでいる企業の割合が米国68.1%に対し日本は54.2%にとどまると報告されており、部門単位の取り組みに偏りやすい傾向がうかがえます*3。ハイブリッドクラウド・マルチクラウドの活用も同様に、全社の配置方針を欠いたまま個別最適が積み重なる構造に陥りやすい領域です。

配置は一度決めて終わりにできない

事業環境や技術動向は変化を続けます。ある時点で妥当だった配置判断も、事業規模の拡大や新規サービスの追加によって前提が崩れることがあります。移行プロジェクトのようにゴールを一度設定して完了させる性質の取り組みとは異なり、配置戦略は継続的な意思決定のプロセスとして捉える必要があります。

経営が関与すべき理由

配置判断には、システムの技術的な適合性だけでなく、事業継続計画・コスト構造・データガバナンスといった経営レベルの論点が絡みます。情シス部門だけで完結させず、経営層が判断基準の設定に関与する体制を整えることが、後述する各観点でのトレードオフを正しく評価する前提条件になります。

可用性と事業継続性から見る配置の判断軸

配置戦略における第一の観点は可用性です。単一のクラウド事業者に依存する構成は、その事業者で障害が発生した場合、自社の事業継続にも直接影響が及ぶ設計上のリスクを抱えます。

単一障害点をどこまで許容するか

基幹業務システムのように停止した場合の影響が大きい業務ほど、単一の基盤への依存度を下げる設計が検討対象になります。一方で、すべての業務を複数基盤で冗長化しようとすると、運用の複雑さとコストが比例して増加します。業務ごとの重要度に応じて、冗長化の程度を段階的に変える判断が実務上の型です。

基幹系・情報系・実験的な用途といった区分ごとに許容できる停止時間の目安をあらかじめ定めておくと、冗長化にどこまで投資すべきかの線引きがしやすくなります。停止時間の許容度を定めないまま個別に判断すると、担当者ごとに投資の判断基準がぶれ、結果として過剰投資と投資不足が混在する状態を招きかねません。

マルチクラウドによる冗長化と運用負荷のバランス

複数のクラウド事業者にまたがってシステムを構築すると、一方の基盤で障害が発生しても他方で処理を継続できる可能性が高まります。ただし、事業者ごとに異なる運用ツール・監視体系・APIの仕様を扱う必要が生じ、運用チームに求められる知識の幅が広がります。冗長化によって得られる可用性の向上と、運用負荷の増加は表裏の関係にあると捉えておく必要があるでしょう。

災害対策・BCPの観点での配置

データセンターの地理的な分散は、地震や大規模停電などの広域災害に備えるBCP(事業継続計画。災害時にも重要業務を継続・早期復旧させるための計画)の観点からも重要な論点です。オンプレミスの拠点とクラウド事業者のリージョンを組み合わせることで、単一の地理的リスクに業務が集中する状態を避けられます。

コスト構造から見る配置の判断軸

第二の観点はコストです。クラウド活用は初期投資を抑えられる一方、利用量に応じた従量課金の性質上、配置設計を誤ると想定を超えるコストが継続的に発生する構造上のリスクを伴います。

ワークロードの特性とコストの相性

常時安定した処理量が続くワークロードは、長期利用を前提にした契約形態のオンプレミスや予約型のクラウド利用の方がコスト効率に優れる場合があります。逆に、需要変動が大きいワークロードは、必要な分だけ調達できるパブリッククラウドの従量課金モデルと相性がよいと言えます。ワークロードの特性を見極めずに一律の基盤へ集約すると、コスト効率の悪化を招く可能性があります。

データ転送コストが見落とされやすい

複数のクラウドを併用する構成では、クラウド間・オンプレミスとクラウド間のデータ転送に費用が発生する点が見落とされやすい論点です。設計段階でデータの転送量や転送頻度を想定していないと、稼働後にコストが積み上がって初めて問題が顕在化する事態にもなりかねません。配置を決める際は、保存コストだけでなく転送コストも含めた試算が欠かせません。

クラウドコスト管理の体制

複数クラウドを運用する体制では、事業者ごとに異なる料金体系・請求単位を横断的に把握する仕組みが必要になります。この仕組みを欠いたまま運用を続けると、どの部門のどの利用がコストを押し上げているのかが見えなくなり、削減の打ち手を打てないまま費用だけが積み上がる状況に陥りやすいでしょう。

FinOps(クラウドの財務管理と技術・事業部門を横断してコストを最適化する運用の考え方)のように、部門横断でコストを可視化し継続的に見直す仕組みを持つ企業も増えています。配置戦略とコスト管理の仕組みは別々に検討するのではなく、配置を決める段階からコスト可視化の設計を組み込んでおく方が、後工程の手戻りを避けやすくなります。

データ主権・ガバナンスから見る配置の判断軸

配置戦略と運用体制のイメージ

第三の観点はデータ主権とガバナンスです。近年は経済安全保障の文脈でも、データやシステムをどこに置くかという論点の重要性が高まっています。

経済安全保障とクラウド基盤の位置づけ

クラウドプログラムは、経済安全保障推進法に基づき2022年12月に「特定重要物資」として指定されました*4。安定供給の確保を図る事業者は供給確保計画を国に提出して認定を受ける仕組みが設けられており、クラウド基盤が経済安全保障上の重要インフラとして位置づけられていることを示しています*4。この動きは、データの保存場所や準拠法をどう扱うかという論点が、一部の業種に限らず経営レベルの検討事項になりつつあることを裏付けています。

業種・データ種別による配置制約

金融・医療・公共分野など、業法上の規制やガイドラインでデータの保存場所・アクセス制御に制約がある業種では、特定のデータを国内リージョンやオンプレミスに留める配置判断が必要になる場合があります。規制のない業種であっても、取引先との契約でデータの取り扱いに条件が付されているケースもあるため、配置検討の初期段階で確認しておく事項です。

ガバナンス体制の整備が前提になる

複数の基盤にデータが分散すると、アクセス権限や監査ログの管理も基盤ごとに個別対応になりやすく、ガバナンスの一貫性を保つ難易度が上がります。基盤を横断した権限管理・監査の仕組みを設計段階から組み込んでおかないと、後になって統制の抜け漏れが発覚するリスクが生じます。

ベンダーロックイン回避と運用負荷のトレードオフ

第四の観点はベンダーロックインです。特定のクラウド事業者に強く依存した設計は、価格交渉力の低下や将来的な移行コストの増大という形で、経営判断の自由度を狭める要因になり得ます。

ロックイン回避を目的化しない

マルチクラウド化はベンダーロックイン回避の手段として語られがちですが、事業者間の可搬性を高める設計には、標準化のための追加工数や、各事業者の独自機能を使わないことによる開発効率の低下という代償が伴います。ロックイン回避そのものを目的にすると、かえって開発・運用の効率を犠牲にしかねません。回避すべきリスクの大きさと、可搬性確保のコストを比較して判断する視点が必要です。

内製で配置戦略を運用する場合に必要な知識と工数

複数クラウドの配置戦略を自社内製で設計・運用するには、各クラウド事業者のサービス仕様に関する知識に加え、コスト管理・セキュリティガバナンス・ネットワーク設計といった複数領域の専門知識が求められます。加えて、配置方針の策定には全社のシステム構成を把握したうえでの継続的な工数が発生し、情シス部門の数名だけで片手間に進めるには負荷の大きい取り組みになりやすいのが実情です。

専門パートナーに相談した場合との違い

複数のクラウド事業者の設計・移行支援を手がけてきた外部パートナーに相談する場合、自社で一から知見を蓄積する期間を省き、業種特性を踏まえた配置方針の設計から着手できる点が内製との違いになります。初期の方針策定を外部の知見で固め、運用フェーズは自社に権限を残すという役割分担も選択肢の一つです。

依頼する範囲を曖昧にしたまま外部に任せきりにすると、判断の根拠が社内に残らず、契約終了後に自社で配置方針を更新できなくなるおそれがあります。方針策定の過程で判断基準を文書化する工程を契約に含めておけば、外部の知見を借りながらも自社にノウハウを蓄積できます。

配置戦略を機能させる経営の意思決定体制

ここまで整理した可用性・コスト・データ主権・ベンダーロックインという4つの観点は、互いにトレードオフの関係にあります。すべてを同時に高い水準で満たすことは難しいため、経営としてどの観点を優先するかを明文化する体制が必要です。

判断基準を業務単位で明文化する

全社で一律の配置方針を決めるのではなく、業務の重要度・データの機微性・コスト感応度といった軸で業務を分類し、分類ごとに配置の判断基準を明文化しておくと、個別案件での判断がぶれにくくなります。基準がないまま個別案件ごとに都度判断すると、担当者や時期によって配置の考え方が一貫しなくなるおそれがあります。

経営層・情シス部門・事業部門の役割分担

配置基準の優先順位付けは経営層が最終的に判断する事項であり、情シス部門は技術的な選択肢と制約を整理して提示する役割を担います。事業部門は自部門の業務特性やデータの取り扱い要件を伝える立場です。この三者の役割が曖昧なままだと、技術的な都合だけで配置が決まり、経営判断が後追いになる事態を招きかねません。

定期的な見直しの仕組みを組み込む

クラウド事業者のサービス内容や料金体系は継続的に更新されるため、一度決めた配置方針も定期的な見直しを前提に運用する必要があります。年次または半期ごとにレビューの場を設け、コスト実績・可用性の実績・新たな規制動向を踏まえて配置方針を更新する運用が、戦略を形骸化させない実務上のポイントです。

まとめ:配置戦略を決める3つの判断軸

本稿では、ハイブリッドクラウド・マルチクラウドの使い分けを経営視点で整理しました。要点を3つに集約すると次の通りです。第一に、配置戦略は移行手順ではなく、業務やデータの特性に応じてどこに置くかを継続的に判断するプロセスであることです。第二に、可用性・コスト・データ主権・ベンダーロックイン回避という観点は互いにトレードオフの関係にあり、優先順位を経営として明文化する必要があります。第三に、判断基準の明文化と定期的なレビューの仕組みがあって初めて、配置戦略は策定後も機能し続けます。

LASSICに相談するメリット

LASSICは元請としてシステムの受託開発・運用保守を担う立場から、オンプレミスと複数クラウドが混在する環境の構成把握・配置方針の整理を支援できます。可用性・コスト・データガバナンスの各観点を踏まえた基盤設計から、実行体制の構築まで、貴社の経営方針に合わせて相談を承ります。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

ハイブリッドクラウドとマルチクラウドは同時に採用できますか。

採用できます。オンプレミスを残しながら複数のパブリッククラウド事業者も併用する構成は珍しくなく、実態としては両方の要素を持つ企業が多いです。重要なのは名称の区別よりも、業務ごとにどの基盤へ配置するかの判断基準を持つことです。

すべての業務をマルチクラウド化する必要がありますか。

必要はありません。複数基盤への分散は運用の複雑さとコストの増加を伴うため、事業継続への影響が大きい基幹業務から優先的に検討し、影響が限定的な業務は単一基盤で運用するなど、業務の重要度に応じて範囲を絞る進め方が現実的です。

クラウド事業者を分散させるとセキュリティ管理は難しくなりますか。

基盤ごとに個別対応のままだと管理の難易度は上がります。事業者を横断した権限管理・監査ログの仕組みを設計段階から組み込んでおけば、分散させながらも一貫したガバナンスを維持しやすくなります。

データの保存場所はどのような場合に制約を受けますか。

金融・医療・公共分野など業法上の規制がある業種では、データの保存場所やアクセス制御に制約が課される場合があります。規制のない業種でも取引先との契約でデータの取り扱い条件が定められているケースがあるため、配置検討の初期段階で確認しておく事項です。

配置戦略の検討は情シス部門だけで進めてもよいですか。

情シス部門だけで完結させることは推奨しません。配置の優先順位付けには事業継続計画やコスト構造といった経営レベルの判断が関わるため、経営層が優先順位の設定に関与し、情シス部門が技術的な選択肢を整理するという役割分担が実務上の型になります。

著者:テレリモ総研編集部 鈴木 亮佑


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  1. *1 出典:総務省「令和6年版 情報通信白書」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd218200.html(2024年)
  2. *2 出典:総務省「令和2年版 情報通信白書」(通信利用動向調査)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd252140.html(2020年)
  3. *3 出典:独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「DX白書2023」https://www.ipa.go.jp/publish/wp-dx/gmcbt8000000botk-att/000108041.pdf(2023年)
  4. *4 出典:経済産業省「クラウドプログラム」(経済安全保障推進法に基づく安定供給確保支援)https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/cloud/index.html(2022年12月指定)


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