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2026.08.19 らしくコラム

ポスト量子暗号(PQC)とは|耐量子への移行

「いまの暗号は、量子計算機が実用化したら破られるらしい」——そんな話を耳にして、自社は何を、いつから備えればよいのかと気になっている担当者は少なくないでしょう。ここで鍵になるのが「ポスト量子暗号(PQC)」です。量子計算機が実用化した時代でも破られにくいことをねらった、新しい暗号の方式を指します。2024年には米国のNIST(米国立標準技術研究所)が、その標準を正式に定め、移行に向けた動きが本格化してきました。

とはいえ、量子計算機はまだ発展の途上であり、「では、いま何をすべきか」は分かりにくいものです。本記事では、システムの開発や運用、セキュリティに携わる情報システム部門・事業部門の担当者に向けて、ポスト量子暗号とは何か、なぜ今から備えるのか、何が影響を受けるのか、そして受託・委託開発で何を押さえるべきかを整理します。なお、本記事は一般的な情報の整理であり、確定的な予測や助言ではありません。具体の方式や時期は、公式の情報や専門家にご確認ください。

ポスト量子暗号と量子計算機時代のセキュリティを表すイメージ

ポスト量子暗号(PQC)とは

ポスト量子暗号(PQC=Post-Quantum Cryptography)とは、量子計算機が実用化した時代でも破られにくいことをねらった暗号の方式を指します。耐量子計算機暗号などと呼ばれることもあります。いまの通信やデータ保護は、公開鍵暗号と呼ばれる仕組みに広く支えられているのです。ところが、この公開鍵暗号の一部は、十分に強力な量子計算機が現れると、これまでより短い時間で解かれてしまうおそれがある、と指摘されているのです。

そこで、量子計算機による攻撃にも耐えられるよう、数学的な土台を組み替えた新しい暗号が研究されてきました。それがポスト量子暗号です。共通鍵暗号と公開鍵暗号の違いを踏まえると分かりやすいのですが、PQCは主に、影響を受けやすい公開鍵暗号の側を置き換えるための方式群だと捉えるとよいでしょう。特別なハードウェアがなくても、いまのコンピューター上で動く点も特徴になります。全体像を図にまとめました。

ポスト量子暗号PQCの背景・NIST標準・影響範囲・移行の考え方を示す図

この記事のポイント

  • PQCは、量子計算機の時代でも破られにくいことをねらった暗号で、主に公開鍵暗号を置き換える方式群です。
  • 「今盗み、後で解く」脅威があるため、長く秘密が要るデータほど、早めの備えが呼びかけられています。
  • 2024年にNISTが標準を定め、暗号の棚卸しと差し替えやすい造り(クリプトアジリティ)が移行の鍵になります。

なぜ今から備えるのか——「今盗み、後で解く」

量子計算機がまだ発展の途上なら、備えは先でよいのでは——そう考えたくなります。ですが、そう言い切れない理由があります。「今盗み、後で解く(ハーベスト・ナウ、デクリプト・レイター)」と呼ばれる脅威です。これは、暗号化されたデータを攻撃者がいまのうちに盗んで貯めておき、量子計算機が整った将来に、まとめて解読しようとする筋書きを指します。つまり、いま盗まれたデータは、たとえ現時点では読めなくても、後になって中身が明らかになりうるのです。

この脅威がやっかいなのは、守るべき期限の長いデータほど、危うさが増すという点にあります。たとえば、長期にわたって秘密にしておきたい情報や、何年も価値が続く機微なデータは、将来解かれると影響が大きくなります。だからこそ、量子計算機の実用化を待ってから動くのでは間に合わないおそれがあり、いまから移行の準備を始めることが呼びかけられているのです。すべてを一度に替える必要はありませんが、長寿命のデータから優先して考える発想が役立ちます。

量子計算機は何を脅かすのか

量子計算機の影響は、暗号の種類によって大きく異なります。とりわけ影響を受けやすいとされるのが、公開鍵暗号です。いまのインターネット通信(TLS)や電子署名、証明書などは、公開鍵暗号の「解くのが難しい計算」に守られています。ところが、十分に強力な量子計算機は、この計算を従来より速く解いてしまう可能性が指摘されており、そこが揺らぐと、通信の保護や本人確認の土台に影響が及びます。

いっぽう、共通鍵暗号(AESなど)への影響は、相対的に小さいと考えられています。まったく無縁ではありませんが、鍵の長さを見直すといった対応で、危なげなく使い続けられる見込みです。つまり、量子計算機の登場で真っ先に手当てが要るのは、公開鍵暗号の側だといえます。自社のシステムのどこで、どんな暗号が使われているのか。まずはそこを把握することが、影響を見極める出発点になります。

NISTが定めた3つの標準

移行の目安として広く参照されているのが、NISTが定めた標準です。NISTは2024年に、ポスト量子暗号の標準を正式に承認しました。主な3つを整理します。

標準 通称 主な用途
FIPS 203 ML-KEM 鍵のやり取り(鍵共有)
FIPS 204 ML-DSA 電子署名
FIPS 205 SLH-DSA 電子署名(別の方式)

一つ目のFIPS 203(ML-KEM)は、通信の相手と鍵を守りながら共有するための方式です。二つ目のFIPS 204(ML-DSA)と、三つ目のFIPS 205(SLH-DSA)は、いずれも電子署名のための方式で、拠って立つ数学的な土台が異なります。用途に応じて使い分ける想定になっています。細かな仕様よりも、まずは「鍵共有用と署名用の標準が示された」という全体像を押さえておくと、移行の見通しが立てやすくなるでしょう。これらの標準を土台に、通信ソフトや製品への実装が、少しずつ進み始めています。

移行の考え方——棚卸しとクリプトアジリティ

では、実際の移行はどう進めるとよいのでしょうか。土台となるのが、暗号の「棚卸し」です。自社のシステムやサービスのどこで、どんな暗号が、どんな目的で使われているのか。これを洗い出さないことには、どこから手を付けるべきかも見えてきません。棚卸しの結果をもとに、長寿命のデータや、外部とやり取りする通信など、影響の大きいところから優先順位を付けていきます。

もう一つの鍵が、「クリプトアジリティ(暗号の敏捷性)」という考え方です。これは、暗号の方式を、システムを止めずに差し替えられるようにしておく造りを指します。特定の暗号を深く埋め込んでしまうと、いざ替えるときに大がかりな作り直しが要ります。あらかじめ差し替えやすい設計にしておけば、今回のPQCへの移行も、その先の変更も、身軽に進めやすくなるのです。移行は多くの場合、数年がかりの取り組みになります。サイバーセキュリティを経営の課題として捉える視点で、計画的に進めたいところです。

受託・委託開発で押さえる実務ポイント

暗号にまつわる対応を外部と進める場合、ポスト量子暗号についても、いくつかの点をすり合わせておくと見通しを持って任せられます。まず、暗号の棚卸しをどこまでの範囲で行うか、という取り決めです。自社だけでなく、委託先が使う仕組みや、外部のサービスまで含めて、どこに暗号が潜んでいるかを見渡せると、移行の全体像がつかめます。次に、差し替えやすい造り(クリプトアジリティ)を、設計にどう織り込むかです。新規に作るシステムなら、初めからこの発想を取り入れておくと、将来の負担を小さく抑えられます。

加えて、TLSや証明書といった、影響の大きい部分の扱いも確かめておきましょう。証明書やPKIの管理は、PQCへの移行と深く関わる領域です。標準や製品の対応は進行中のため、いつ、どの部分を、どの方式に移すのかは、状況を見ながら段階的に判断していくことになります。焦って一度に替えるより、棚卸しと計画を土台に、優先順位を付けて着実に進める。そうした進め方を一緒に描ける相手だと、任せたあとも見通しが立ちやすくなります。

まとめ:PQCで押さえる3つの視点

ポスト量子暗号(PQC)は、量子計算機の時代を見据えた、暗号の作り替えです。押さえておきたい視点は三つに整理できます。第一に、PQCは量子計算機でも破られにくいことをねらった暗号で、主に影響を受けやすい公開鍵暗号を置き換える方式群であること。第二に、「今盗み、後で解く」脅威があるため、長く秘密が要るデータほど、いまから備える意味が大きいこと。第三に、2024年にNISTが標準を定めており、暗号の棚卸しと、差し替えやすい造り(クリプトアジリティ)が移行の鍵になることです。まずは、自社のシステムのどこで、どんな暗号が使われているのかを見渡すところから。判断に迷う部分があれば、公式情報の確認とあわせて、外部の知見を頼るのも堅実な選び方といえます。

LASSICに相談するメリット

LASSIC IT事業部は、元請(プライムベンダー)として、システムの開発や運用を、暗号やセキュリティの観点まで含めて一貫して受託しています。暗号の棚卸しから、差し替えやすい造り(クリプトアジリティ)を織り込んだ設計、TLSや証明書まわりの見直しまで、ポスト量子暗号への移行を見据えてご提案できるのが強みです。どこから手を付けるべきか、現状把握の段階からご相談いただけます。

よくある質問

ポスト量子暗号は、いますぐ導入しないといけないのですか。

一律にいますぐ全面導入、というより、備えを始める段階だと捉えるのが妥当です。とくに「今盗み、後で解く」脅威を踏まえると、長く秘密が要るデータほど早めの検討に意味があります。まずは自社の暗号の棚卸しから始め、影響の大きいところから優先順位を付けて進めるのが現実的です。

いまの暗号は、すぐに危なくなるのですか。

すぐに危なくなるわけではありません。量子計算機はまだ発展の途上で、いまの暗号が今日明日に破られるわけではないのです。ただし「今盗み、後で解く」脅威があるため、将来を見据えた準備は早いほど選択肢が広がります。あわてず、しかし先送りにもしすぎず、計画的に備える姿勢が大切です。

共通鍵暗号(AESなど)も置き換えが必要ですか。

公開鍵暗号ほどの大きな影響はないと考えられています。共通鍵暗号は、鍵の長さを見直すといった対応で使い続けられる見込みです。真っ先に手当てが要るのは、TLSや電子署名などに使われる公開鍵暗号の側になります。まずはそちらを中心に、影響範囲を見極めるとよいでしょう。

クリプトアジリティとは何ですか。

暗号の方式を、システムを止めずに差し替えられるようにしておく造りのことです。特定の暗号を深く埋め込むと、替えるときに大がかりな作り直しが要ります。あらかじめ差し替えやすい設計にしておけば、ポスト量子暗号への移行も、その先の変更も、身軽に進めやすくなります。

まず何から着手すればよいですか。

暗号の棚卸しから始めるとよいでしょう。自社のシステムやサービスのどこで、どんな暗号が、どんな目的で使われているかを洗い出します。そのうえで、長寿命のデータや外部との通信など、影響の大きいところから優先順位を付け、差し替えやすい造りを織り込んでいきます。判断に迷う部分は、公式情報の確認と専門家への相談を組み合わせるのが堅実です。

著者:テレリモ総研編集部 鈴木 亮佑

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  1. *1 参考:NIST「NIST Releases First 3 Finalized Post-Quantum Encryption Standards」(https://www.nist.gov/news-events/news/2024/08/nist-releases-first-3-finalized-post-quantum-encryption-standards)。標準の承認・3方式の参考として。
  2. *2 参考:NIST「What Is Post-Quantum Cryptography?」(https://www.nist.gov/cybersecurity-and-privacy/what-post-quantum-cryptography)。PQCの概要・脅威の考え方の参考として。


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