LASSIC Media らしくメディア

2026.08.21 らしくコラム

欧州健康データスペース|EHRの要件



監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)

この記事の結論

  • 規則の位置づけ:欧州健康データスペース規則は2025年3月5日に公示され、2025年3月26日に発効しました*1。
  • 二つの柱:本人の医療のためにデータへアクセスし共有できるようにする一次利用と、研究や政策のための二次利用です*1。
  • 開発側の要点:電子健康記録システムの製造者には、セキュリティと相互運用性の基準に沿うことが求められます*1。

※ 本記事は2026年8月時点の公式情報(省庁・公的機関・ベンダー公式ドキュメント)に基づきます。

医療のデータは、病院ごと、システムごとに閉じてきました。転院すれば紙で持ち運び、海外へ行けば何も引き継げない。この状態を変えようとする枠組みが、EUで動き出しています。

欧州健康データスペース規則です。2025年3月5日にEUの官報で公示され、2025年3月26日に発効しました*1。移行期間を経て、2029年3月には患者サマリーや電子処方箋といった優先度の高いデータの交換が全加盟国で始まり、2031年3月には医療画像や検査結果などが続く予定とされています*1。

本記事では、医療システムを開発している企業と、その受託を担う立場に向けて、規則の骨格、電子健康記録システムに求められること、そして国内の医療DXとの重なりを整理します。適合の判断には専門の確認が要るため、実際の対応は最新の公式資料と法務の確認を経て進めてください。

電子カルテの画面を確認する医療従事者のイメージ

二つの利用——性格がまったく違う

この規則を理解する鍵は、扱う「利用」が二種類あることです。混同すると議論が噛み合わなくなります*1。

欧州健康データスペースの二つの利用(一次利用=本人の医療のためのアクセスと共有、二次利用=研究やイノベーション、政策立案のための再利用)と、2025年3月の発効から2027年3月の実施規則、2029年3月と2031年3月の交換開始という時間軸、そしてEHRシステムに要件がかかることを示した図

一次利用は、本人の医療のためのデータ利用です。個人が自分の電子健康データへアクセスし、管理し、共有できるようにすることが柱として挙げられています*1。診療のためにデータが医療機関のあいだで渡る、本人が自分で見られる——そういう方向です。

二次利用は、研究や政策のためのデータ再利用です。研究、イノベーション、政策立案のために、保護された信頼できる形で健康データを再利用できるようにすることが挙げられています*1。個人を特定する目的ではなく、集団としての知見を得るための利用です。

この二つは、システムに求めるものが違います。一次利用では「特定の個人のデータを、正確に、必要なときに渡せるか」が問われます。二次利用では「多数のデータを、個人が特定されない形で、比較できる状態で出せるか」が問われます。

実装としても別の設計になります。一次利用は識別と権限の設計が中心、二次利用は匿名化や仮名化と、項目の標準化が中心。同じシステムで両方に応えるには、データを別の形で出せる経路を二つ持つことになります。

電子健康記録システムに来る要件

開発の側にとっていちばん直接的なのが、電子健康記録システムへの要件です。製造者には、セキュリティと相互運用性についての厳格な基準に沿うことが求められるとされています*1。

これは、製品としての枠組みが導入されるということです。医療機関が使う道具を作る立場から見ると、次のような論点が生じます。

表1:電子健康記録システムで問われる領域
領域 問われること 既存システムでの状況
データを出せるか 決まった形式で、決まった項目を外へ渡せるか 画面表示と帳票が中心で、機械可読の出力がない場合が多い
項目の標準化 用語や単位を共通の体系に対応づけられるか 独自コードで運用しており、対応表がない
アクセスの制御 誰が何を見たかを記録し、本人の意思を反映できるか 職種単位の権限までは持つが、本人の意思の反映は薄い
セキュリティ 保管と通信の保護、改変の検知 院内ネットワーク前提の設計が残っている
適合の説明 要件を満たしていることを示す資料 開発の記録が製品単位で整理されていない

この表で最も重いのが、一つめと二つめです。データを外へ出す前提で作られていないシステムに、後から出力の経路を足すのは大きな作業になります。しかも、出すだけでなく「意味が通じる形で」出す必要があるため、項目の対応づけが避けられません。

用語の標準化は、国内の医療DXでも同じ論点として現れています。標準型電子カルテの考え方で扱うような、共通の項目体系へ寄せる作業は、地域を問わず必要になります。片方に向けて整えた対応表は、他方でも土台として使えます。

アクセスの制御についても、考え方の転換が要ります。従来は「院内の誰が見られるか」が中心でしたが、本人が管理し共有できるようにするという方向では、本人の意思を反映する仕組みが必要になります。これは既存の権限管理の延長では届かない部分です。

二次利用に応える——別の出口を作る

二次利用への対応は、一次利用とは別の設計になります。求められるのは、多数のデータを比較できる形で出すことです。

第一に、個人が特定されない形にすることです。氏名や識別番号を除くだけでは足りません。生年月日と居住地域と診療科の組み合わせで特定できてしまう場合があります。どこまで粗くするかは、利用の目的と再識別のリスクの兼ね合いで決まります。

第二に、項目を揃えることです。施設ごとに違うコードで記録されたデータを集めても、比較できません。共通の体系への対応づけが必要になります。この作業は自動化しきれず、人の判断が入ります。

第三に、出す範囲を制御することです。どの目的の申請に、どの項目を、どの粒度で出すのか。申請の内容に応じて範囲を絞れる仕組みが要ります。

第四に、記録を残すことです。誰に、どの範囲を、いつ出したか。後から説明を求められる可能性があるため、提供の履歴を残しておく必要があります。監査ログの考え方で扱うような、後から追える形での記録が土台になります。

臨床試験のデータを扱っている企業では、既存の仕組みが土台になります。臨床試験のデータ管理で扱うような、項目定義を厳格に持ち、変更を履歴として残す設計は、二次利用への対応と考え方が共通します。

時間軸の読み方——いま何をすべきか

公表されている時間軸を整理すると、次のようになります*1。

2025年3月に規則が発効し、移行期間が始まりました。2027年3月までに、委員会が主要な実施規則を採択する期限が置かれています。2029年3月には、患者サマリーや電子処方箋といった優先度の第一グループの交換が全加盟国で始まり、2031年3月には医療画像や検査結果などの第二グループが続きます。そして2035年3月からは、第三国や国際機関が二次利用の枠組みへ参加を申請できるようになるとされています*1。

この時間軸から、いま進めるべきことが見えてきます。

詳細を待つ部分があります。技術的な仕様の多くは実施規則で定まる見込みです。細部を先取りして作り込むと、後で作り直しになります。

待たずに進められる部分があります。データを外へ出せる経路を持つこと、項目の対応表を作ること、提供の記録を残すこと。これらは仕様の細部が固まる前でも着手できます。むしろ先に整えておかないと、仕様が出てから間に合いません。

2035年という数字の意味です。第三国からの参加申請が可能になるのが2035年3月とされている点は、日本の企業や研究機関にとって直接の論点になります。長い先の話ですが、そこへ向けてデータの形を整えていく必要があるという示唆でもあります。

日本企業の関わり方としては、三つのパターンが考えられます。第一に、EU域内で医療システムを提供している立場。第二に、EU向けに製品や機器を出しており、そのデータが医療記録に入る立場。第三に、研究のためにEUのデータを使いたい立場です。それぞれ備えの内容が違うため、自社がどこに当たるかを先に確かめます。

国内の医療DXとの重なり

日本でも、医療のデータをつなぐ取り組みが進んでいます。欧州の枠組みと比べると、共通点と違いがあります。

共通するのは、標準化の必要性です。施設ごとに違う項目や用語を、共通の体系へ寄せる。この作業は、どちらの枠組みでも避けられません。電子処方箋への対応で扱うような、決まった形式でデータを出す仕組みづくりは、考え方として同じです。

違うのは、本人の位置づけです。欧州の枠組みでは、本人が自分のデータへアクセスし、管理し、共有できるようにすることが柱に置かれています*1。本人が主体として動く前提です。国内の枠組みでも本人が見られる仕組みは整いつつありますが、位置づけの重さが違います。

もう一つの違いは、製品への要件です。電子健康記録システムの製造者に要件がかかるという構造は、システムを作る側にとって直接の影響があります。国内では、システムの要件は主に医療機関側の管理を通じて課される形が中心です。

国内で医療システムを扱っている企業にとって、この違いは示唆になります。情報管理の水準については、医療情報のガイドラインで扱うような枠組みで整えている部分が土台として使えます。いっぽう、データを機械可読の形で外へ出す経路と、項目の対応表は、あらためて用意する必要が出てきます。

両方に向き合う企業では、標準化の作業を一本にまとめるのが得です。地域ごとに別の対応表を持つと、更新のたびに二重の作業になります。

受託・委託で進めるときの要点

この種の対応を外部と進める場合の要点を挙げます。

第一に、対象と立場を先に定めることです。EU域内でシステムを提供するのか、機器のデータを流すのか、研究のためにデータを使うのか。立場によって要求が違います。ここが決まらないと要件が固まりません。

第二に、既存データの棚卸しを独立した工程にすることです。いまどの項目を、どのコードで持っているか。共通の体系へ対応づけられるか。この調査で改修の範囲が決まります。

第三に、出力の経路を先に作ることです。仕様の細部が固まる前でも、データを機械可読の形で出す仕組みは作れます。形式が変わっても、出す元のデータ構造は使い回せます。

第四に、匿名化の方針を専門の判断に委ねることです。どこまで粗くすれば個人が特定されないか。これは技術だけでは決められません。医療情報や統計の専門家と、法務の判断が必要になります。開発側は決まった方針を実装する役割に集中します。

第五に、検証環境のデータを慎重に扱うことです。医療のデータは機微な情報です。本番のデータで検証する場合、扱いの手順を先に決めておく必要があります。医療システムの開発で扱うような、情報の取り扱いを含めた体制づくりが前提になります。

体制としては、医療の業務と情報の標準化の両方を扱える要員が入れるかが分かれ目になります。データ構造だけを設計する体制では、用語の対応づけという実務の核心に届きません。業務側と設計側が同じ場で話せる形を作れるかを、委託先を選ぶ観点に入れておくとよいでしょう。

まとめ:欧州健康データスペースへの備えで押さえる3つの視点

欧州健康データスペース規則は2025年3月5日に公示され2025年3月26日に発効し、2027年3月までに主要な実施規則を採択、2029年3月に患者サマリーや電子処方箋などの交換開始、2031年3月に医療画像や検査結果などが続くという時間軸が示されています。押さえたい視点は三つです。第一に、本人の医療のための一次利用と、研究や政策のための二次利用は求めるものが違い、識別と権限の設計が中心の前者と、匿名化と項目の標準化が中心の後者では、データを出す経路を別に持つことになること。第二に、電子健康記録システムの製造者にセキュリティと相互運用性の基準に沿うことが求められるため、データを機械可読の形で外へ出せる経路と、用語や単位を共通の体系へ対応づける作業が中心的な改修になること。第三に、技術仕様の細部は実施規則で定まる見込みのため、細部を先取りせず、出力の経路と項目の対応表、提供の記録という「待たずに進められる部分」から着手すべきことです。まずは自社の立場を定め、既存データの項目とコードの棚卸しから始めるのが堅実でしょう。

LASSICに相談するメリット

LASSIC IT事業部は、元請(プライムベンダー)として、医療・研究に関わる業務システムの開発と改修を受託しています。既存項目とコードの棚卸し、共通体系への対応表づくり、機械可読な出力経路の設計、提供記録の実装、機微な情報を扱う検証環境の整備まで、標準化を軸にご一緒できるのが強みです。

よくある質問

一次利用と二次利用は何が違うのですか。

一次利用は本人の医療のためのデータ利用で、個人が自分の電子健康データへアクセスし管理し共有できるようにすることが柱です。二次利用は研究やイノベーション、政策立案のための再利用です。前者は識別と権限の設計、後者は匿名化と項目の標準化が中心になり、システムとしては出す経路を二つ持つことになります。

システムを作る側にも要件がかかるのですか。

かかります。電子健康記録システムの製造者に対して、セキュリティと相互運用性についての基準に沿うことが求められるとされています。医療機関側の管理を通じて要件が課される国内の構造とは違い、製品としての枠組みが導入されるという点が開発側にとって直接の影響になります。

いま着手できることは何ですか。

データを機械可読の形で外へ出せる経路を作ること、既存の項目やコードを共通の体系へ対応づける表を作ること、提供の記録を残す仕組みを整えることです。技術仕様の細部は実施規則で定まる見込みのため、細部を先取りするより、これらの土台を先に整えておくほうが後の作業が楽になります。

国内の医療DXへの対応があれば足りますか。

標準化の作業は共通するため土台として使えますが、足りない部分が残ります。とくに、データを機械可読の形で外へ出す経路と、本人が管理し共有できるようにするという位置づけの重さが違います。両方に向き合う場合は、標準化の対応表を一本にまとめて管理するのが得です。

匿名化はどこまで行えばよいのですか。

技術だけでは決められない領域です。氏名や識別番号を除くだけでは足りず、生年月日と居住地域と診療科の組み合わせで特定できてしまう場合があります。利用の目的と再識別のリスクの兼ね合いで方針を決める必要があり、医療情報や統計の専門家と法務の判断を経ることになります。

医療データの標準化・連携はLASSICへ

元請(プライムベンダー)として、項目とコードの棚卸しから対応表づくり、機械可読な出力経路の設計、提供記録の実装までご提案します。まずはお気軽にご相談ください。

無料相談はこちら

出典

  1. *1 参考:European Commission「European Health Data Space Regulation (EHDS)」(https://health.ec.europa.eu/ehealth-digital-health-and-care/european-health-data-space-regulation-ehds_en)。公示日と発効日、移行期間と2027年・2029年・2031年・2035年の時間軸、一次利用と二次利用の位置づけ、EHRシステムへの要件の一次情報として(2026年8月確認)




View