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NY州RAISE法対応の進め方|72時間報告と5年保存
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)
この記事の結論
- 対象は開発者、利用者ではない:計算コスト1億ドル超という線で切られています*1。
- 報告は72時間以内:安全インシデントを知ってから両機関へ報告します*1。
- 調達側は公表版を読める:編集済みのプロトコルが公表される建て付けです*1。
※ 本記事は2026年8月時点の公式情報(省庁・公的機関・ベンダー公式ドキュメント)に基づきます。
AIの規制というと「使う側の義務」を思い浮かべますが、ニューヨーク州が2025年末に成立させた法律は逆です。作る側のうち、ごく限られた大手だけを対象にしています*1。
Responsible AI Safety and Education Act(RAISE法)です*1。2025年12月19日に署名されて2025年法律第699章となり、法律となった日から90日後に施行されました*1。対象は計算コストの累計が1億ドルを超える大規模開発者で、義務の中心は安全プロトコルの公表と72時間以内のインシデント報告です*1。
自社が対象になる企業は限られます。それでも調達する側と受託して作る側には読む意味があります。理由も含めて整理します。個別の適用は事情によりますので、法務の確認を経て進めてください。
目次
対象は「計算コスト1億ドル超」で切られる
まず線引きです*1。
RAISE法はフロンティアモデルを、10の26乗を超える計算処理を用いて訓練された人工知能モデルであって、その計算コストが1億ドルを超えるものと定義しています*1。あわせて、そうしたモデルに知識蒸留を適用して生み出されたモデルも含めるとしていますが、こちらには条件が付きます*1。当該蒸留モデルの計算コストが500万ドルを超える場合に限られます*1。
大規模開発者は、少なくとも一つのフロンティアモデルを訓練し、フロンティアモデルの訓練における計算コストの累計が1億ドルを超えた者とされています*1。
この二段の定義で、対象はごく少数の事業者に絞られます*1。自社でモデルを訓練していない企業、あるいは既存のモデルを使ってアプリケーションを作っている企業は、大規模開発者には当たりません*1。
ただし知識蒸留への言及は読み落とせません*1。蒸留に用いた計算コストが500万ドルを超えれば、蒸留して作ったモデルも「フロンティアモデル」に含まれる建て付けです*1。大手のモデルを元に自社モデルを作る構成では、金額の要件も含めて当てはめを確認する意味があります*1。
除外もあります*1。認定を受けたカレッジおよび大学は、学術研究に従事している範囲では大規模開発者とみなされないとされています*1。第1424条は適用範囲を、ニューヨーク州において全部または一部が開発、展開または運用されているフロンティアモデルに限るとしています*1。
危害の水準も高く設定されています*1。重大な危害(critical harm)は、100人以上の死亡または重傷、あるいは金銭または財産に対する権利について10億ドル以上の損害であって、大規模開発者によるフロンティアモデルの使用、保管または公開が引き起こした、または実質的に可能にしたものとされています*1。そのうえで、化学・生物・放射性物質・核兵器の作成または使用によるもの、またはAIモデルが人の実質的な介入なしに行為し、人が行えば故意・無謀・重過失を要する刑法上の犯罪に当たる行為によるものに限られます*1。
間に人が入った場合の扱いも書かれています*1。介在した人の行為による危害は、開発者の活動がその危害をもたらす実質的な要因であり、介在者の行為が開発者の活動の帰結として合理的に予見でき、かつ設計やセキュリティ措置や安全プロトコルの代替により合理的に防止または軽減できた場合を除き、開発者の活動から生じたものとはみなされないとされています*1。
つまりRAISE法は、差別や誤判定といった日常的なリスクを扱う法律ではありません*1。ニューヨーク市のAI採用規制が採用選考のバイアス監査を求めるのとは、対象も水準もまったく別です*1。米国の州ごとのAI規制を見比べるとき、「誰を対象に、どの危害を防ぐ法律か」で分類しておくと混乱が減ります。
安全プロトコルの公表と、5年間の保存
義務の中心は安全・セキュリティプロトコルです*1。
大規模開発者は、フロンティアモデルを展開する前に、書面の安全・セキュリティプロトコルを実装することとされています*1。
保存と公表の扱いが分かれます*1。編集していない版を保持し、当該モデルの展開が終了した後5年間保存することとされ、適切に編集した版を公表するとともに、州司法長官と州国土安全保障・緊急事態サービス部門へ提出することとされています*1。
| 対象 | 扱い |
|---|---|
| 編集していない版 | 保持し、当該モデルの展開が終了した後5年間保存する |
| 適切に編集した版 | 目立つ形で公表し、州司法長官および州国土安全保障・緊急事態サービス部門へ提出する |
| 見直し | 毎年見直し、重要な変更があれば公表する |
この「編集して公表する」という設計は、実務では珍しくありません。営業秘密やセキュリティ上の情報を伏せたうえで、枠組みだけを外部に示す形です*1。カリフォルニアのADMT規則が事前通知から営業秘密を除外できるとしているのと、同じ発想です*1。
保護措置についても定めがあります*1。大規模開発者は、重大な危害の不合理なリスクを防ぐための適切な保護措置を実装することとされています*1。
記録の義務もあります*1。第1421条1項(d)は、この条または当該プロトコルが求める評価に用いた具体的なテストとテスト結果に関する情報を、合理的に可能な範囲で記録し、当該モデルの展開が続く期間に5年を加えた期間保持することとしています*1。しかも、第三者がテスト手順を再現できる程度の詳細が求められています*1。
非編集版へのアクセスも定められています*1。同項(c)(ii)は、請求があれば、連邦法が求める範囲の編集のみを施した安全・セキュリティプロトコルへのアクセスを、州司法長官および州国土安全保障・緊急事態サービス部門に認めることとしています*1。編集して公表する版と、当局に見せる版が別という構成です*1。
展開自体を止める規定もあります*1。同条2項は、重大な危害の不合理なリスクを生じさせることとなる場合、フロンティアモデルを展開してはならないとしています*1。同条5項は、この条に基づいて作成した文書について、または当該文書に関して、虚偽または重要な点で誤解を招く記述や省略を故意に行ってはならないとしています*1。
5年という保存期間は、ログや設計文書の保管方針に直接効きます*1。モデルの展開を終えた後も保存が続くため、「使い終わったら消す」運用とは相性が悪い点に注意が必要です*1。
72時間以内の報告と、制裁金
報告の期限は72時間です*1。
RAISE法は、大規模開発者が安全インシデントを知ってから72時間以内に、州司法長官と州国土安全保障・緊急事態サービス部門の両方へ開示することとしています*1。
安全インシデントの範囲は広めに取られています*1。既知の重大な危害だけでなく、重大な危害のリスクが高まったことを示す実証可能な証拠がある事象も含むとされ、例としてモデルの自律的な挙動、モデルの重みの窃取または権限のないアクセス、制御の失敗、権限のない利用が挙げられています*1。
実装の観点では、「重みの窃取や不正アクセスを検知できるか」が問われます*1。72時間という期限は、検知から報告までの社内手順が整っていないと守れません*1。
執行と制裁金です*1。州司法長官が民事訴訟を提起できるとされ、透明性に関する要件の違反について初回は1,000万ドルまで、その後の違反は3,000万ドルまでの制裁金が定められています*1。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 施行 | 2025年12月19日の署名(2025年法律第699章)から、法律となった日の90日後 |
| インシデント報告 | 知ってから72時間以内に、州司法長官と州国土安全保障・緊急事態サービス部門へ |
| プロトコルの保存 | 編集していない版を、展開の終了後5年間 |
| 制裁金 | 初回は1,000万ドルまで、その後の違反は3,000万ドルまで |
報告に含める内容も決まっています*1。同条4項は、安全インシデントの日付、当該事象が第1420条の定義する安全インシデントに当たる理由、そして当該事象を説明する短く平易な記述を含めることとしています*1。あわせて、起算点が二つ書かれている点も見落とせません*1。安全インシデントを知った時点と、安全インシデントが発生したと合理的に信じるに足りる事実を知った時点のいずれからも72時間です*1。
私訴権については、第1422条2項がこの編の違反に関連する私訴権を設けるものと解してはならないとしています*1。第1423条は、この編が課す義務が他の法律による義務と累積するものであり、他の法律上の義務を免れさせるものではないとしています*1。
金額の水準は、インドDPDP法の制裁金(最も重い区分で2億5,000万ルピー)と比べても大きい部分があります*1。対象が少数の大手に絞られているぶん、金額が大きく設定されていると読めます*1。
対象外の企業がこの法律を読む理由
自社が大規模開発者でない場合、RAISE法は直接の義務を課しません*1。それでも読む価値がある理由が三つあります。
第一に、公表される情報が使えることです。編集済みの安全・セキュリティプロトコルが公表される建て付けであるため*1、モデルを調達する側は、提供元の枠組みを文書として読めるようになります*1。AIを組み込むシステムの受託開発では、提供元がどこまで何を担保しているかを確認する材料になります。
第二に、インシデント時の情報の流れが変わることです。72時間以内に州の機関へ報告される事象には、モデルの重みの窃取や制御の失敗が含まれます*1。これらは、そのモデルを組み込んだサービスにも影響します。提供元からの通知を受ける経路を契約と運用の両面で用意しておく意味があります。
第三に、要件の書き方が参考になることです。安全プロトコル、年次の見直し、重要な変更の公表、5年の保存——この組み合わせは、社内のAI利用方針を作るときの雛形としても使えます*1。EUのAI規制やテキサス州のTRAIGAと並べて、共通する成果物を洗い出しておくと、法域が増えても文書を作り直さずに済みます。
あわせて、契約に落とす言葉も具体化しやすくなります。RAISE法が大規模開発者に求めるのは、プロトコルの実装と公表、テストの再現可能な記録、展開の停止、72時間の報告、年次の見直しです*1。これを裏返すと、調達側の確認項目になります。「どの版のプロトコルが適用されているか」「テストの記録はどこまで開示されるか」「インシデントの通知は誰から誰へ、何時間で来るか」——この三つを契約書と運用手順の両方に書けているかどうかで、後の対応速度が変わります。
社内向けの整理としても使えます。安全インシデントの定義に含まれる「制御の失敗」や「権限のない利用」は、自社が構築した仕組みでも起こりえる事象です*1。州への報告義務は自社に及ばないとしても、同じ区分で自社のインシデント分類を作っておくと、提供元からの連絡と社内の記録が突き合わせやすくなります。
着手の順序を整理します。
第一に、使っているモデルの提供元を並べることです。基盤モデルの提供元と、蒸留や追加学習をしている場合はその元のモデルまで書き出します*1。
第二に、公表されているプロトコルを集めることです。提供元が公表している安全・セキュリティに関する文書を、調達の判断材料として保管します*1。
第三に、通知の経路を契約に落とすことです。提供元でインシデントが起きたときに、自社へいつ、どの経路で伝わるかを決めておきます。72時間で州に報告される事象が、自社に何日で届くのかは別問題です*1。
第四に、自社側の検知を点検することです。権限のない利用や制御の失敗は、自社の運用でも起こりえます*1。ログと監視の設計を、この観点で見直します。
第五に、保存方針を揃えることです。提供元が5年保存する文書と、自社が保持する設計や評価の記録の期間を揃えておくと、後から突き合わせができます*1。
用語の翻訳にも注意が必要です*1。RAISE法の「適切な編集(appropriate redactions)」は、公共の安全の保護、営業秘密の保護、州法または連邦法が求める秘密情報の非公開、従業員または顧客のプライバシーの保護、その他の法令により管理される情報の非公開という五つの目的のために行える編集と定義されています*1。「都合の悪い部分を隠せる」という意味ではなく、目的が限定列挙されている点が、公表版を読むときの前提になります*1。
受託で進める場合は、「どこまでを担保するか」を契約に書き分けることが要点です。基盤モデルのリスク管理は提供元の領域、組み込み方と監視は受託の領域——この線を曖昧にしたまま進めると、インシデント時の役割が決まりません。
法案の全文はニューヨーク州議会(下院)のサイトで公開されています*1。適用の判定と成果物の範囲は事情によって変わりますので、法務の確認を挟みながら進めてください。
まとめ:RAISE法で押さえる3つの視点
ニューヨーク州のResponsible AI Safety and Education Act(RAISE法)は、2025年12月19日に署名されて2025年法律第699章となり、法律となった日から90日後に施行されました。押さえたい視点は三つです。第一に、対象の絞り方。フロンティアモデルは10の26乗を超える計算処理で訓練され、その計算コストが1億ドルを超えるモデルとされ、当該モデルからの知識蒸留によって生み出されたモデルも含まれます。大規模開発者は、少なくとも一つのフロンティアモデルを訓練し、その訓練における計算コストの累計が1億ドルを超えた者です。重大な危害は、100人以上の死亡または重傷、あるいは10億ドル以上の損害を生じさせるもので、化学・生物・放射性物質・核兵器の作成や使用によるもの、または人の実質的な介入なしにAIモデルが一定の刑事犯罪に当たる行為をした場合に限られます。第二に、文書と報告。大規模開発者は展開の前に書面の安全・セキュリティプロトコルを実装し、編集していない版を展開の終了後5年間保存し、適切に編集した版を公表して州司法長官と州国土安全保障・緊急事態サービス部門へ提出します。プロトコルは毎年見直し、重要な変更は公表します。安全インシデントは、既知の重大な危害だけでなくリスクが高まったことを示す実証可能な証拠がある事象も含み、モデルの自律的な挙動、重みの窃取や権限のないアクセス、制御の失敗、権限のない利用が例として挙げられています。報告は知ってから72時間以内に両機関へ行います。第三に、執行。州司法長官が民事訴訟を提起でき、透明性に関する要件の違反について初回は1,000万ドルまで、その後の違反は3,000万ドルまでの制裁金が定められています。対象外の企業にとっても、公表されるプロトコルは調達の判断材料になり、インシデント時の通知経路を契約と運用に落としておく実務的な意味があります。
よくある質問
RAISE法の対象になるのはどんな企業ですか。
大規模開発者、すなわち少なくとも一つのフロンティアモデルを訓練し、フロンティアモデルの訓練における計算コストの累計が1億ドルを超えた者です。フロンティアモデルは、10の26乗を超える計算処理を用いて訓練され、その計算コストが1億ドルを超えるモデルと定義され、当該モデルからの知識蒸留によって生み出されたモデルも含まれます。既存のモデルを使ってアプリケーションを作っている企業は、この定義には当たりません。
いつから施行されていますか。
2025年12月19日に知事が署名し、2025年法律第699章となりました。施行日は法律となった日から90日後と定められています。
安全インシデントはいつまでに報告しますか。
大規模開発者は、安全インシデントを知ってから72時間以内に、州司法長官と州国土安全保障・緊急事態サービス部門の両方へ開示することとされています。安全インシデントには、既知の重大な危害のほか、重大な危害のリスクが高まったことを示す実証可能な証拠がある事象が含まれ、モデルの自律的な挙動、モデルの重みの窃取や権限のないアクセス、制御の失敗、権限のない利用が例として挙げられています。
安全プロトコルは公開されるのですか。
大規模開発者は、展開の前に書面の安全・セキュリティプロトコルを実装し、適切に編集した版を目立つ形で公表するとともに、州司法長官および州国土安全保障・緊急事態サービス部門へ提出することとされています。編集していない版は保持し、当該モデルの展開が終了した後5年間保存します。プロトコルは毎年見直し、重要な変更は公表することとされています。
違反した場合の制裁金はいくらですか。
州司法長官が民事訴訟を提起できるとされ、透明性に関する要件の違反について、初回は1,000万ドルまで、その後の違反は3,000万ドルまでの制裁金が定められています。
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出典
- *1 参考:New York State Assembly「Bill A06453B(same as S06953-B)— Responsible AI Safety and Education (RAISE) Act:General Business Law 第44-B編第1420条〜第1425条の新設」(https://nyassembly.gov/leg/?default_fld=&leg_video=&bn=A06453&term=2025&Summary=Y&Text=Y)。同法案が2025年12月19日に知事の署名を受け2025年法律第699章となったこと、施行日が法律となった日から90日後であること、フロンティアモデルが10の26乗を超える計算処理で訓練され計算コストが1億ドルを超えるモデルおよび当該モデルからの知識蒸留により生み出されたモデルであること、大規模開発者が少なくとも一つのフロンティアモデルを訓練しフロンティアモデルの訓練における計算コストの累計が1億ドルを超えた者であること、重大な危害が100人以上の死亡または重傷または10億ドル以上の損害を生じさせるものであって化学・生物・放射性物質・核兵器の作成もしくは使用によるものまたは人の実質的な介入なしにAIモデルが行為し一定の刑事犯罪に当たる場合に限られること、安全インシデントが既知の重大な危害および重大な危害のリスクが高まったことを示す実証可能な証拠がある事象(モデルの自律的な挙動、モデルの重みの窃取または権限のないアクセス、制御の失敗、権限のない利用を含む)であること、展開前の書面による安全・セキュリティプロトコルの実装、編集していない版の保持と展開終了後5年間の保存、適切に編集した版の公表と州司法長官および州国土安全保障・緊急事態サービス部門への提出、毎年の見直しと重要な変更の公表、安全インシデントを知ってから72時間以内の両機関への報告、重大な危害の不合理なリスクを防ぐ保護措置の実装、ならびに州司法長官による民事訴訟と初回1,000万ドルまで・その後3,000万ドルまでの制裁金の一次情報として。確認日は2026年8月27日。(2026年8月確認)