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業務委託エンジニアとM&A、合併と事業譲渡の違いは承諾の要否
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)
この記事の結論
- 合併では、承継する会社が条文に書いてある:会社法第750条第1項は、吸収合併存続株式会社が効力発生日に吸収合併消滅会社の権利義務を承継すると定めています。*1 第754条第1項は、新設合併設立株式会社が成立の日に新設合併消滅会社の権利義務を承継すると定めています。*1
- 会社分割では、分割契約に書いたものが移る:会社法第759条第1項は、吸収分割承継株式会社が吸収分割契約の定めに従って吸収分割会社の権利義務を承継すると定めています。*1 第764条第1項は、新設分割設立株式会社が新設分割計画の定めに従って承継すると定めています。*1
- 事業譲渡では、合意と承諾の両方がいる:今回参照した条文の範囲では、事業譲渡について権利義務の承継を定める条は見当たりません。*1 民法第539条の2は、譲渡する旨の合意があり、かつ契約の相手方が承諾したときに契約上の地位が移転すると定めています。*2
※ 本記事は2026年9月時点の公式情報(省庁・公的機関、および製品やサービスを提供する事業者が公開している資料)に基づきます。
会社を買う話や売る話が出たとき、社内の雇用の扱いは早い段階で議題に上がります。一方で、業務委託エンジニアとの契約がどちらの会社に残るのかは、後回しになりがちです。この行き先は、M&Aの手法によって当たる条文が変わります。
この記事で読むのは、会社法と民法の条文です。*1*2 会社法は合併と会社分割について権利義務の承継を定める条を置いていますが、事業譲渡については置いていません。*1
どの手法を採るかは案件ごとに決まるもので、今回参照した条文からは決まりません。この記事で分かるのは、手法ごとに条文が何を定めているかと、条文が答えていない部分がどこかです。
業務委託という語は、今回参照した条文には出てきません。その契約が条文でいう権利義務に含まれるかどうかも書かれていないので、この記事は、含まれる場合に条文が何を定めているかを読みます。条文の吸収合併存続株式会社を存続会社、吸収分割承継株式会社を承継会社、吸収分割会社を分割会社と短く呼びます。
目次
会社法は手法ごとに別の条を置いている
先に条文の置かれ方を確かめます。会社法は、吸収合併について第750条、新設合併について第754条、吸収分割について第759条、新設分割について第764条を置いています。*1 第1項が権利義務の承継を定めています。*1
用語は第2条で定められています。吸収合併も新設合併も、消滅する会社の権利義務の全部を存続する会社または設立する会社に承継させるものです。*1 吸収分割と新設分割は、その事業に関して有する権利義務の全部又は一部を承継させることとされています。*1
定義の段階で、合併は会社の権利義務の全部、分割はその事業に関して有する権利義務の全部又は一部と書き分けられています。*1 移る範囲が条文の入口から違います。
事業譲渡にあたる条は第467条です。*1 ただしこの条が定めているのは、効力発生日の前日までに株主総会の決議によって契約の承認を受けなければならない、という手続です。*1
つまり事業譲渡では、契約の行き先は会社法の外で決まります。これはこの記事の読み方です。
合併は、条文に承諾の定めがない
合併の条は短く書かれています。第750条第1項は「吸収合併存続株式会社は、効力発生日に、吸収合併消滅会社の権利義務を承継する」、第754条第1項は「新設合併設立株式会社は、その成立の日に、新設合併消滅会社の権利義務を承継する」です。*1
どちらの条文にも、相手方の承諾を得るという要件は書かれていません。*1 承継の範囲を契約で絞るという定めもありません。*1
条文に承諾の要件が置かれていないので、文面のうえでは、権利義務に含まれる契約は効力発生日に存続会社へ移ることになります。これはこの記事の読み方です。個別の契約書に地位の譲渡を禁じる条項がある場合の扱いは、今回参照した条文には書かれていません。
会社分割は、分割契約に書いたものだけ移る
会社分割の条には、合併には無い一句が入っています。第759条第1項は「吸収分割承継株式会社は、効力発生日に、吸収分割契約の定めに従い、吸収分割会社の権利義務を承継する」です。*1 第764条第1項も「新設分割計画の定めに従い」と書いています。*1
この定めに従いという一句が、合併との違いです。合併では会社の権利義務がまとめて移りますが、会社分割で承継されるのは、その事業に関して有する権利義務のうち分割契約や分割計画に書かれたものです。*1 書かれていない権利義務が分割会社にどう残るかは、今回参照した条文には書かれていません。
| 場面 | 条 | 条文が定めていること |
|---|---|---|
| 吸収合併 | 会社法第750条第1項 | 効力発生日に、消滅会社の権利義務を承継する |
| 新設合併 | 会社法第754条第1項 | 成立の日に、消滅会社の権利義務を承継する |
| 吸収分割 | 会社法第759条第1項 | 効力発生日に、吸収分割契約の定めに従い承継する |
| 新設分割 | 会社法第764条第1項 | 成立の日に、新設分割計画の定めに従い承継する |
| 事業譲渡 | 会社法第467条第1項 | 株主総会の決議で契約の承認を受ける |
| 契約上の地位の譲渡 | 民法第539条の2 | 相手方が承諾したときに、契約上の地位が第三者に移転する |
事業譲渡は、相手方の承諾がいる
事業譲渡には承継の条がないので、契約上の地位は民法で読みます。民法第539条の2は「契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する」です。*2
ここで承諾するのは契約の相手方です。*2 業務委託エンジニアとの契約であれば、承諾するのはその技術者の側です。
契約そのものではなく、すでに発生した報酬の請求権だけを移すなら、当たる条が変わります。民法第466条第1項は「債権は、譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない」です。*2 第2項は、譲渡を禁止し又は制限する意思表示があっても譲渡の効力は妨げられないとしています。*2 ただし第3項は、その意思表示を知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては、債務者は履行を拒むことができるとしています。*2
契約上の地位の移転と債権の譲渡は、要件の置き方が違います。前者は相手方の承諾がないと移りません。*2 後者は譲渡を禁じる意思表示があっても効力は妨げられませんが、それを知っていた譲受人には債務者が履行を拒めます。*2
なお雇用については、民法第625条第1項が「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」としています。*2 業務委託エンジニアがこの条でいう労働者に当たるかは、今回参照した条文からは決まりません。
吸収分割のとき、未払いの報酬をどちらに請求できるか
契約が移るかどうかと別に、すでに発生している報酬の請求先という問題があります。報酬を受け取っていない業務委託エンジニアは、条文でいう債権者にあたります。これはこの記事の読み方です。
会社法第789条第1項は、吸収合併の場合は消滅株式会社の債権者が、吸収分割の場合は分割後に分割会社へ債務の履行を請求できなくなる債権者が、消滅株式会社等に対して異議を述べることができるとしています。*1 この条は合併と分割の両方に当たります。*1
第789条第2項は、会社は官報に公告し、知れている債権者には各別に催告しなければならないとしています。*1 各別の催告とは、公告とは別に債権者ひとりひとりへ知らせることです。会社が定める異議の期間は、1か月を下ることができません。*1
ただし第789条第3項は、官報のほかに定款の定めに従った公告方法でも公告をするときは、各別の催告をすることを要しないとしています。*1 催告を受けた債権者は期間内に異議を述べることができ、述べなければ承認をしたものとみなされます。*1 異議を述べたときは、会社は弁済し、相当の担保を提供し、または信託会社等に相当の財産を信託しなければなりません。*1 ただし債権者を害するおそれがないときは、この限りでないとされています。*1
第759条には、各別の催告を受けられなかった債権者のための定めが2つあります。第789条第3項で催告が省かれた債権者も、これにあたります。これはこの記事の読み方です。第2項は、分割会社に請求できないとされていても、分割会社が効力発生日に有していた財産の価額を限度として請求できるとしています。*1 第3項は、承継会社に請求できないとされていても、承継した財産の価額を限度として請求できるとしています。*1
第759条第4項は別の場面です。分割会社が、承継されない債務の債権者を害することを知って吸収分割をした場合、その債権者は承継会社に対して、承継した財産の価額を限度として履行を請求できます。*1 ただし承継会社が効力が生じた時に害することを知らなかったときは、この限りでないとされています。*1 この権利は、分割会社が害すると知って吸収分割をしたと債権者が知った時から2年以内に請求または請求の予告をしないときに消滅し、効力発生日から10年を経過したときも同じです。*1
第759条第2項から第4項までは吸収分割の条なので、合併や事業譲渡には当たりません。*1 また、これらは救済の定めです。催告を受けた債権者の請求先は、分割契約に書かれたかどうかで決まります。
なお、雇用している従業員については、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に別の手続があり、記事「会社分割の通知から異議まで」で扱っています。今回参照した会社法と民法の条文とは別の法律です。
まとめ:条文は手法ごとに別々に書かれている
業務委託エンジニアとの契約がM&Aでどうなるかについて、今回参照した条文から読み取れることは5つです。第一に、吸収合併では効力発生日に、新設合併では成立の日に、消滅会社の権利義務が承継されます。*1 第二に、吸収分割と新設分割で承継されるのは、その事業に関して有する権利義務のうち分割契約または分割計画に書かれたものです。*1 第三に、事業譲渡について権利義務の承継を定める条は、今回参照した範囲では見当たりません。*1 第四に、契約上の地位は合意と相手方の承諾で移り、債権の譲渡は譲渡を禁じる意思表示があっても効力が妨げられません。*2 第五に、吸収分割で各別の催告を受けられなかった債権者には、第759条第2項と第3項に救済の定めがあります。*1 第一から第三までが手法ごとの違い、第四が何を移すかによる違い、第五がすでに発生した報酬の話です。
よくある質問
合併なら、業務委託エンジニアの承諾はいらないのですか
第750条第1項と第754条第1項には、相手方の承諾という要件が書かれていません。*1 条文が定めているのは、効力発生日または成立の日に消滅会社の権利義務を承継するということだけです。*1 個別の契約書に地位の譲渡を禁じる条項がある場合の扱いは、条文には書かれていません。
会社分割なら、契約は自動で移りますか
承継されるのは、分割契約や分割計画に書かれたものです。*1 第759条第1項は「吸収分割契約の定めに従い」承継すると書いており、第764条第1項も「新設分割計画の定めに従い」です。*1 書かれていない権利義務が分割会社にどう残るかは、今回参照した条文には書かれていません。
事業譲渡で相手方が承諾しなかったら、契約はどうなりますか
民法第539条の2は、相手方が承諾したときに契約上の地位が移転すると定めています。*2 承諾しなかった場合にどうなるかは、この条には書かれていません。
未払いの報酬は、分割の後もとの会社に請求できますか
催告を受けた債権者は、期間内に異議を述べることができます。*1 異議を述べたときは、会社は弁済し、相当の担保を提供し、または信託会社等に相当の財産を信託しなければなりません。*1 ただし債権者を害するおそれがないときは、この限りでないとされています。*1 各別の催告を受けなかった債権者については、第759条第2項が、分割会社に対し、効力発生日に有していた財産の価額を限度として履行を請求できるとしています。*1
契約の棚卸しから相談したいとき
契約がどちらの会社に残るかを整理したい段階からご相談いただけます。
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出典
- *1 参考:会社法(平成17年法律第86号)(e-Gov法令検索)(https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086)。出典:会社法(平成17年法律第86号)。第2条第27号から第30号まで(定義)、第467条第1項(事業譲渡等の承認等)、第750条第1項(株式会社が存続する吸収合併の効力の発生等)、第754条第1項(株式会社を設立する新設合併の効力の発生等)、第759条第1項から第4項まで及び第6項(株式会社に権利義務を承継させる吸収分割の効力の発生等)、第764条第1項(株式会社を設立する新設分割の効力の発生等)、第789条第1項から第5項まで(債権者の異議)の一次情報として参照(2026年9月確認)
- *2 参考:民法(明治29年法律第89号)(e-Gov法令検索)(https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)。出典:民法(明治29年法律第89号)。第466条第1項及び第2項(債権の譲渡性)、第539条の2(契約上の地位の移転)、第625条第1項(使用者の権利の譲渡の制限等)の一次情報として参照(2026年9月確認)