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M&Aの手法別に見る業務委託エンジニアとの契約の引き継ぎ
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)

この記事の結論
- 合併では、業務委託エンジニアとの契約は効力発生日に合併後の会社へ移り、条文に相手方の承諾の要件はありません。
- 会社分割で移るのは分割契約や分割計画に書いた契約だけなので、書き漏れがないかを確かめます。
- 事業譲渡では、会社どうしの合意に加えて、業務委託エンジニア本人の承諾が要ります。
※ 本記事は2026年9月時点の公式情報(省庁・公的機関、および製品やサービスを提供する事業者が公開している資料)に基づきます。
買収の話が出てきた。社員の雇用はどうなるかを話し合っているが、業務委託でお願いしているエンジニアとの契約はどうなるのか——。M&Aの検討では、社員の扱いは早くから議題に上がる一方、業務委託の契約は後回しになりがちです。M&A(企業の合併・買収)で業務委託エンジニアとの契約がどちらの会社に残るかは、合併、会社分割、事業譲渡のどの手法を採るかによって、当てはまる条文が変わります。
手法ごとの条文を知っておくと、契約の相手に何を知らせ、何を確かめるべきかを早い段階で見通せます。ただし、どの手法を採るかは案件ごとに決まり、条文から決まるわけではありません。本記事では、M&Aを検討している会社の実務担当者に向けて、合併、会社分割、事業譲渡それぞれでの契約の扱い、未払いの報酬の請求先、そしてつまずきやすい点を整理します。
目次
M&Aの手法による違いとは
会社法は、合併と会社分割について、会社の権利や義務を別の会社が引き継ぐこと(権利義務の承継)を定める条をそれぞれ置いています。吸収合併は第750条、新設合併は第754条、吸収分割は第759条、新設分割は第764条で、いずれも第1項が承継を定めています。*1 吸収合併はすでにある会社が相手の会社を取り込む形、新設合併は新しく設立する会社に両社をまとめる形です。吸収分割と新設分割は、事業を切り出して、すでにある会社か新しく設立する会社に引き継がせる形です。
手法による違いは、第2条の定義を見ると分かります。合併では、消滅する会社の権利義務の全部が、残る会社や設立する会社に移ります。一方、会社分割で移るのは「その事業に関して有する権利義務の全部又は一部」です。*1
事業譲渡については、会社法に権利義務の承継を定める条がありません。事業譲渡を扱う第467条が定めているのは、株主総会の決議で契約の承認を受けるという手続です。*1 そのため事業譲渡では、業務委託エンジニアとの契約を移せるかどうかを、民法の条文で考えることになります。
以下では、3つの手法ごとに、業務委託エンジニアとの契約がどう扱われるかを順に見ていきます。
合併では契約はどうなるのか
第750条第1項は「吸収合併存続株式会社は、効力発生日に、吸収合併消滅会社の権利義務を承継する」と定めています。吸収合併存続株式会社は合併の後に残る会社、吸収合併消滅会社は合併でなくなる会社のことです。新設合併についても、第754条第1項が、新しく設立された会社はその成立の日に消滅会社の権利義務を承継すると定めています。*1
どちらの条文にも、契約の相手方の承諾を得るという要件は置かれていません。承継する範囲を契約で絞るという定めもありません。条文の文面に沿えば、業務委託エンジニアとの契約は、効力発生日に合併後の会社へそのまま移ることになります。事業譲渡と違い、契約の相手方に承諾をもらう手続が要りません。
とはいえ、承諾が要らないからといって何も知らせずにおくと、エンジニアの側では、報酬をどの会社に請求すればよいのか、作業の連絡を誰にすればよいのかが分からなくなります。合併の効力発生日と、その後に契約の相手となる会社の名前は、早めに伝えておくと進めやすくなります。
会社分割では何が移るのか
会社分割の条文には、合併には無い一句が入っています。第759条第1項は「吸収分割承継株式会社は、効力発生日に、吸収分割契約の定めに従い、吸収分割会社の権利義務を承継する」です。吸収分割承継株式会社は事業を受け取る会社、吸収分割会社は事業を切り出す会社を指します。新設分割でも、第764条第1項が「新設分割計画の定めに従い」承継すると定めています。*1
会社分割で承継されるのは、その事業に関する権利義務のうち、分割契約や分割計画に書かれたものです。業務委託エンジニアとの契約を、事業を受け取る会社に移したいのであれば、その契約を分割契約や分割計画に書いておかなければなりません。
どの契約を分割契約に書くかは、切り出す事業の範囲を決めるときにあわせて決めます。その事業で、どの業務委託エンジニアにどの作業を任せているかを、契約書の名前、作業の中身、契約期間の一覧にしておくと、書き漏れを防ぎやすくなります。事業を受け取る会社の側でも、その一覧を見れば、分割の後に誰が開発を続けるのかを確かめられます。
事業譲渡では承諾が要る
事業譲渡には会社法に承継の条がないので、契約の相手としての立場が移るかどうかは民法で考えます。民法第539条の2は「契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する」と定めています。*2
契約上の地位とは、契約の当事者としての立場のことです。事業譲渡で業務委託エンジニアとの契約を移すには、事業を譲る会社と譲り受ける会社の合意に加えて、契約の相手方の承諾が要ります。業務委託エンジニアとの契約であれば、承諾するのはそのエンジニア本人なので、承諾をもらうための説明と日程を見込んでおきます。
なお雇用の契約については、民法第625条第1項が「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない」と定めています。*2 社員を含む事業を譲渡する場合は、社員と業務委託エンジニアの両方から承諾をもらうことになります。
| 場面 | 条 | 条文が定めていること |
|---|---|---|
| 吸収合併 | 会社法第750条第1項 | 効力発生日に、消滅会社の権利義務を承継する |
| 新設合併 | 会社法第754条第1項 | 成立の日に、消滅会社の権利義務を承継する |
| 吸収分割 | 会社法第759条第1項 | 効力発生日に、吸収分割契約の定めに従い承継する |
| 新設分割 | 会社法第764条第1項 | 成立の日に、新設分割計画の定めに従い承継する |
| 事業譲渡 | 会社法第467条第1項 | 株主総会の決議で契約の承認を受ける |
| 契約上の地位の譲渡 | 民法第539条の2 | 相手方が承諾したときに、契約上の地位が第三者に移転する |
未払いの報酬はどちらに請求できるか
契約が移るかどうかとは別に、すでに発生している報酬をどちらの会社に請求できるかという問題があります。報酬をまだ受け取っていない業務委託エンジニアは、会社法でいう債権者に当たります。会社法第789条第1項は、吸収合併では消滅する会社の債権者が、吸収分割では分割によって請求先が分割会社から移る債権者が、会社に異議を述べることができると定めています。*1
異議を述べる機会を確保するため、第789条第2項は、会社に、国が発行する官報で広く知らせること(公告)と、会社が把握している債権者への各別の催告を求めています。各別の催告とは、公告とは別に、債権者一人ひとりに個別に知らせることです。異議を述べられる期間は、1か月を下ることができません。ただし第3項により、官報に加えて、定款(会社の基本的な決まり)で定めた方法でも公告するときは、各別の催告を省けます。*1
期間内に異議を述べなければ、債権者は合併や分割を承認したものとみなされます。異議を述べたときは、会社は支払いを済ませるか、相当の担保を提供するか、信託会社等に相当の財産を信託しなければなりません。ただし、債権者を害するおそれがないときは、こうした対応は要りません。*1
吸収分割では、各別の催告を受けなかった債権者のための定めもあります。第759条第2項は、分割会社に請求できないとされた債権者でも、分割会社に対し、効力発生日に分割会社が持っていた財産の額まで請求できるとしています。第3項は、承継会社に請求できないとされた債権者でも、承継会社に対し、受け取った財産の額まで請求できるとしています。*1
第759条第2項と第3項は吸収分割の条なので、合併や事業譲渡には当てはまりません。一方、催告を受けた債権者の請求先は、その報酬の支払いが分割契約に書かれたかどうかで決まります。未払いの報酬がある業務委託エンジニアには、分割の前に支払いを済ませておくか、どちらの会社が支払うかを伝えておくと、問い合わせを減らせます。
つまずきやすい点
一つ目は、社員の手続と業務委託の手続を同じものとして扱うことです。会社分割のときの社員の労働契約の扱いには、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に別の手続があり、記事「会社分割の通知から異議まで」で扱っています。社員向けの手続が済んでも、業務委託の契約の扱いが決まるわけではないので、分けて確かめておきます。
二つ目は、契約書の条項を見ないまま進めることです。業務委託の契約書に、契約上の地位の譲渡を禁じる条項があるかどうかは、案件の早い段階で確かめておきます。合併の条文は相手方の承諾を要件にしていませんが、こうした条項がある場合の扱いは会社法に定めがありません。条項が見つかったら、相手に事前に説明しておくと、あとで食い違いが起きにくくなります。
三つ目は、手法が決まってから契約を洗い出し始めることです。事業譲渡なら承諾をもらう相手の一覧が、会社分割なら分割契約に書く契約の一覧が必要になります。どの手法になっても使えるよう、業務委託エンジニアとの契約を、相手の名前、作業の中身、契約期間、未払いの報酬の有無で一覧にしておくと、手法が決まった後の作業を早く進められます。
まとめ:M&Aで確かめておきたい3つの点
業務委託エンジニアとの契約をM&Aで扱ううえで、確かめておきたい点は3つに整理できます。第一に、合併では契約が効力発生日に合併後の会社へ移り、条文は相手方の承諾を要件にしていないこと。第二に、会社分割では分割契約や分割計画に書いた契約だけが移ること。第三に、事業譲渡では会社どうしの合意に加えて、業務委託エンジニア本人の承諾が要ることです。この3点を踏まえておけば、「事業を移し終えてから、契約が元の会社に残っていたと分かった」という事態を避けやすくなります。M&Aのあとの開発体制に迷いがあれば、外部の手を借りるのも一つの選択肢です。
よくある質問
事業譲渡で業務委託エンジニアが承諾しなかったら、契約はどうなりますか
民法第539条の2は、相手方が承諾したときに契約上の地位が移転すると定めているので、承諾が得られなければ、この条による移転は起こりません。*2 承諾が得られない場合に契約を元の会社に残すのか終えるのかは、元の会社とエンジニアの間で早めに話し合っておくと進めやすくなります。
合併や会社分割のことを、業務委託エンジニアに知らせる義務はありますか
未払いの報酬があり、会社が把握している債権者であれば、会社法第789条第2項により各別の催告の対象になります。*1 義務の有無とは別に、契約の相手となる会社が変わることは伝えておくと、報酬の請求や作業の連絡で迷わせずに済みます。
事業譲渡には、株主総会の承認が要りますか
会社法第467条第1項は、効力発生日の前日までに、株主総会の決議によって事業譲渡の契約の承認を受けなければならないとしています。*1 業務委託エンジニアの承諾をもらう手続とは別のものなので、両方の日程を並べて組んでおきます。
M&Aのあとの開発体制を相談したいとき
契約がどちらの会社に残るかを整理し、M&Aのあとに必要な役割を決めるところからご相談いただけます。
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出典
- *1 参考:会社法(平成17年法律第86号)(e-Gov法令検索)(https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086)。出典:会社法(平成17年法律第86号)。第2条第27号から第30号まで(定義)、第467条第1項(事業譲渡等の承認等)、第750条第1項、第754条第1項、第759条第1項から第3項まで、第764条第1項、第789条第1項から第5項まで(債権者の異議)を参照(2026年9月確認)
- *2 参考:民法(明治29年法律第89号)(e-Gov法令検索)(https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089)。出典:民法(明治29年法律第89号)。第539条の2(契約上の地位の移転)、第625条第1項(使用者の権利の譲渡の制限等)を参照(2026年9月確認)