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エンジニア中途採用の労務、試用期間の裁判例に学ぶ注意点
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)
この記事の結論
- 試用期間中も労働契約は成立しており、本採用の見送りは、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当な場合に限って許されます。
- 適性を見るために置いた有期契約は試用期間と解されることがあり、合理的な期間を越える長い試用期間はその限りで無効とされています。
- 求人票に書いた条件は原則として契約の内容になるので、試用期間の扱いを変えるなら入社前に説明し、本人の納得を得て書面にします。
※ 本記事は2026年10月時点の公式情報(省庁・公的機関、および製品やサービスを提供する事業者が公開している資料)に基づきます。
中途で採ったエンジニアの仕事ぶりが、面接で思い描いていた水準に届かない。試用期間のうちに判断したいが、どこまでが許されるのか分からない——。エンジニア中途採用の現場では、こうした迷いが入社から数か月のうちに出てきます。試用期間の扱いは労務の中でも、裁判例を知っておかないと判断を誤りやすい領域です。
厚生労働省の「確かめよう労働条件」は、採用や試用期間に関わる裁判例について、判示の骨子と基本的な方向性をまとめて公開しています。本記事では、そのうち3つのページをもとに、エンジニア中途採用で試用期間を置くときに労務として確かめておきたい点を整理します。個別の判断は、就業規則と契約の内容を踏まえて、社会保険労務士や弁護士に確かめてください。
目次
試用期間中も契約は成立している
厚生労働省のページが基本的な方向性として示しているのは、次の考え方です。入社当初に結んだ労働契約に期間を設け、その趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、期間満了で契約が当然に終了する旨を当事者が合意しているなどの特段の事情がない限り、その期間は「解約権が留保された試用期間」と解されます。*1
つまり試用期間中の人も、すでに会社と労働契約を結んでいる社員です。神戸弘稜学園事件の最高裁判決(平成2年6月5日)は、試用期間付きの契約が期間の満了で終わるのは、本採用の拒否、すなわち留保された解約権の行使が許される場合でなければならないとしています。*1 本採用を見送ることは、まだ結んでいない契約を断ることではなく、結んでいる契約を解消することに当たります。
同じ判決は、どのような場合に解約権留保付きの契約と見られるかの手がかりも示しています。試用期間中の労働者がそうでない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも変わるところがなく、期間の満了時に本採用に関する契約書を作る手続も採られていないような場合には、他に特段の事情がない限り解約権留保付の雇用契約と解される、というものです。*1
中途で入ったエンジニアが初日から既存のメンバーと同じ開発を担当し、本採用のときに契約書を交わし直さないなら、この形に近いと考えられます。
本採用の見送りが許される範囲
では、留保した解約権はどこまで使えるのでしょうか。方向性は、試用期間である以上、解約権の行使は通常の場合よりも広い範囲で認められるものの、試用期間の趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とされる場合にのみ許される、としています。*1 試用期間でも自由に契約を終えられるわけではありません。
解約権を留保する理由について、三菱樹脂事件の最高裁判決(昭和48年12月12日)は次のように述べています。採用の当初は、その人の資質・性格・能力などの適格性を判定する資料を十分に集めることができないため、後日の調査や観察に基づく最終的な決定を留保する趣旨でされるものだ、という説明です。*2 この事件は、3か月の試用期間の満了直前に本採用を拒否された人が、労働契約関係の存続を求めて訴えたものでした。
裏返すと、試用期間は入社してから観察して分かったことを判断の材料にする期間だと読めます。エンジニア中途採用なら、面接や技術試験の時点で分かっていたことと、入社後に初めて分かったことを分けて整理しておくのがよいでしょう。どちらがどう評価されるかは個別の事情によるので、見送りを考えた段階で労務の専門家に相談します。
観察したことを記録に残す
合理的な理由を後から説明するには、何を見て、どう伝え、その後どうなったのかが残っている必要があります。裁判例のページは記録の付け方までは示していませんが、試用期間を置くなら、次のような記録を入社の時点から残しておくことを勧めます。
| 記録 | 中身の例 |
|---|---|
| 入社時に伝えたこと | 担当する作業、試用期間で見る点、求める水準を書いた文書と、それを渡した日 |
| 面談の記録 | 会社側の評価、本人の受け止め、次の面談までに取り組むこと |
| 指導の記録 | どの点をどう指導したか、その後に変わったこと・変わらなかったこと |
| 採用時の情報 | 面接・技術試験で確かめたこと、応募書類に書かれていた経験 |
エンジニアの場合、ふだんの開発の記録が判断の材料になる面もあります。コードレビューのコメント、課題管理ツールのチケット、障害対応の記録などです。ただし、これらはもともと開発のための記録です。評価の材料として使うのか、誰がどこまで見るのかは、社内の規程と合わせて先に決めておき、本人にも伝えておきます。
有期契約で様子を見る場合
まず有期契約で入ってもらい、問題がなければ無期契約に切り替える採り方にも、裁判例の考え方が関わります。
神戸弘稜学園事件は、開校2年目の私立高校に常勤講師として採用された人が、契約期間は1年だったとして期間満了で雇用契約が終了したとされた事案です。最高裁は、新規採用者との雇用契約に期間を設けた場合に、その趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためであるときは、期間の満了で契約が当然に終了する旨の明確な合意があるなどの特段の事情がない限り、その期間は試用期間と解されるとしました。そのうえで、1年の満了で当然に終了する明確な合意があったとするには相当の疑問が残るとして、契約は終了したとした大阪高裁の判決を破棄し、差し戻しています。*1
契約書に「期間1年」と書いても、その1年を適性を見るために置いたのであれば、試用期間として扱われる場合があるということです。有期契約で採るのか、試用期間付きの無期契約で採るのかは、期間を置く目的とあわせて採用の段階で整理しておきます。契約書や就業規則の書き方は、専門家に確かめてから決めます。
長すぎる試用期間と二重の試用
試用期間の長さについて、方向性は、試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれることから、適性を判断するのに必要な合理的な期間を越えた長期の試用期間は、公序良俗に反し、その限りにおいて無効と解される、としています。*1
ブラザー工業事件の名古屋地裁判決(昭和59年3月23日)は、中途採用者の事案です。この会社の中途採用者はすべて、まず「見習社員」として採用され、登用試験を経て「試用社員」、さらに「社員」へと順に登用されていました。この人は試用社員に登用された後、社員への登用試験に3回合格せず、就業規則に基づいて解雇されています。*1
判決は、少なくとも現業従業員の場合、見習社員である期間(最短の者で6〜9か月、最長の者で12〜15か月)中に適性を判断できるとしました。そのうえで、見習社員から試用社員に登用した者にさらに6〜12か月の試用期間を設け、試用社員登用の際とほぼ同様の基準で社員登用を選考する合理的な必要性はないとして、解雇を無効とするなど申立ての一部を認めています。*1
エンジニア中途採用で気をつけたいのは、試用期間を延ばすときや、試用期間の後にもう一段の見極めの期間を置くときです。延ばすのであれば、それまでの期間では見られなかった何を、延ばした期間で見るのかを先に決めておくことを勧めます。延長の可否や手続は、就業規則の定めとあわせて専門家に確かめます。
求人票の条件は契約の内容になる
求人票や求人広告に、試用期間の有無や長さ、期間中の賃金を書いているなら、その記載にも注意が要ります。厚生労働省のページは、求人の申し込みは応募の誘引に過ぎないため、求人広告などの内容がそのまま労働契約の内容になるとはいえないとしつつ、採用の際に内容を変更すると合意したと認められる特段の事情がない限り、求人広告の内容は労働契約の内容になる、と方向性を示しています。*3
福祉事業団A苑事件の京都地裁判決(平成29年3月30日)は、中途採用で起こりうる場面を扱っています。ハローワークの求人票には「期間の定めなし」「定年なし」と書かれていたのに、採用後に示された労働条件通知書では、契約期間が1年、定年が65歳とされていました。その人はすでに前職を退職しており、署名押印を拒めば仕事がなくなり収入が絶たれるとして、署名押印しています。*3
判決は、求人票に書かれた労働条件は、当事者の間で別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるとしました。通知書への署名押印については、それが自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められないとして、条件の変更への同意を認めていません。同意があったかどうかは、受け入れる行為の有無だけでなく、そこに至った経緯や態様、事前の情報提供や説明の内容からも判断されるべきだとしています。*3
一方で、千代田工業事件の大阪高裁判決(平成2年3月8日)では、当初は期間の定めのない契約だったものの、「六か月ごとに契約する特別職」と記載された契約書に署名捺印したことで、期間の定めのある契約に変更されたと判断されています。*3 署名の有無だけでなく、どう説明して合意したのかが問われます。
前職を辞めてから入社する中途採用者は、入社の直前に条件を変えられても断りにくい立場にあります。試用期間の条件を求人票と変えるなら、内定の前に説明し、納得を得て書面を交わすことを勧めます。
試用期間中の賃金を決めるとき
求人票に賃金の見込額を書く場面に関わるのが八州測量事件の東京高裁判決(昭和58年12月19日)です。入社後の賃金が、求人票にあった基本給の見込額を下回っていたとして、差額の支払いを求めた事案でした。*3
判決は、求人票の金額はあくまで見込額であり、賃金額が求人票のとおりに当然に確定したとは解せないとして、申立てを退けています。そのうえで、求人者がみだりに求人票の見込額を著しく下回る額で賃金を確定すべきでないことは、信義則上明らかだとも述べています。この事案では、見込額を下回ることが一応説明されていたことなどから、信義則に反するとはいえないとされました。*3
見込額を書くなら、いつ、何をもとに確定させるのかを、応募の段階から示しておくと説明がしやすくなります。試用期間中と本採用後で賃金を分けるのであれば、その金額と切り替わる時期を求人票と労働条件の通知の両方で揃えておきます。
入社前に決めておく3つのこと
入社前に決めておきたいのは、試用期間で見る作業と水準を本人に文書で伝えること、契約の形と延長の有無を就業規則とあわせて整理すること、求人票と労働条件の通知で試用期間の条件を揃えることの3つです。
試用期間の長さや評価の観点を就業規則でどう設計するかは試用期間とは何を見る期間か、設計と運用で扱っています。
入社後に仕事の水準が合わないと感じたときの面談の進め方はエンジニア中途採用の入社後の期待値のずれにまとめました。
求人票と実際の条件が違うとして寄せられる申出の内訳は求人票と実際の相違、年3297件の内訳で紹介しています。
まとめ:試用期間で確かめておきたい3つの点
エンジニア中途採用で試用期間を置くときに労務として確かめたい点は3つです。第一に、試用期間中も契約は成立しており、本採用の見送りが許される場合は限られること。第二に、適性を見るための有期契約や長すぎる試用期間の扱い。第三に、求人票の条件が原則として契約の内容になることです。個別の判断は専門家に確かめます。任せたい開発の水準が採用の段階で見極めにくいときは、業務委託で開発に加わってもらう方法を併せて考えるのも一つの選択肢です。
よくある質問
試用期間中の本採用の見送りは、通常の解雇と同じ基準で判断されますか
同じではありません。厚生労働省のページは、試用期間中の解約権の行使は通常の場合よりも広い範囲で認められるとしています。ただし、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とされる場合に限られます。個別の事案は専門家に確かめてください。
試用期間は何か月までなら認められますか
裁判例のページは、何か月までという上限を示していません。示されているのは、適性を判断するのに必要な合理的な期間を越えた長期の試用期間は、公序良俗に反し、その限りにおいて無効と解されるという考え方です。必要な長さは仕事の内容によって変わるので、自社の就業規則の定めとあわせて専門家に確かめます。
まず1年の有期契約で採用すれば、期間の満了で契約を終えられますか
そうとは限りません。神戸弘稜学園事件の最高裁判決は、適性を評価・判断するために期間を設けた場合、期間の満了で契約が当然に終了する旨の明確な合意があるなどの特段の事情がない限り、その期間は試用期間と解されるとしています。期間を置く目的と契約の形は、採用の段階で整理しておきます。
入社直前に試用期間の条件を変え、本人が書面に署名すれば問題ありませんか
署名押印があっても、同意が認められない場合があります。福祉事業団A苑事件の京都地裁判決は、同意の有無を経緯や説明の内容からも判断すべきだとしています。条件を変えるなら内定の前に説明しておきます。
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出典
- *1 参考:厚生労働省「確かめよう労働条件」裁判例 3-4 試用期間(https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/shogu/shiyou.html)。出典:基本的な方向性、神戸弘稜学園事件(平成2年6月5日 最高裁第三小法廷判決)、ブラザー工業事件(昭和59年3月23日 名古屋地裁判決)の事案の概要と判示の骨子を参照(確認日2026年10月2日)(2026年10月確認)
- *2 参考:厚生労働省「確かめよう労働条件」裁判例 1-1 採用の自由(https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/saiyo/jiyu.html)。出典:三菱樹脂事件(昭和48年12月12日 最高裁大法廷判決)の事案の概要と判示の骨子を参照(確認日2026年10月2日)(2026年10月確認)
- *3 参考:厚生労働省「確かめよう労働条件」裁判例 3-1 募集条件と実際の労働条件が異なる場合(https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/shogu/different.html)。出典:基本的な方向性、千代田工業事件(平成2年3月8日 大阪高裁判決)、八州測量事件(昭和58年12月19日 東京高裁判決)、福祉事業団A苑事件(平成29年3月30日 京都地裁判決)の事案の概要と判示の骨子を参照(確認日2026年10月2日)(2026年10月確認)