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エンジニアの年収レンジと公的統計の使い方
監修・編集責任者:牛尾 昭昌(株式会社LASSIC 執行役員)
この記事の結論
- 統計の「賃金」は年収ではない:賃金構造基本統計調査の賃金は6月分の所定内給与額で、超過労働給与額を差し引いた額です*1。
- 情報通信業は産業計より高い:令和6年の所定内給与額は産業計330.4千円に対し、情報通信業391.0千円(前年比2.6%増)です*1*2。
- 提示額は等級に置いてから決まる:同じ相場が企業規模と役職で動きます。統計は物差しで、そのまま提示額にはなりません*3*4。
※ 本記事は2026年8月時点の公式情報(省庁・公的機関・ベンダー公式ドキュメント)に基づきます。
求人票の賃金欄で手が止まる。理由を聞くと「相場が分からない」と返ってくることが多いのですが、実際に詰まっているのは別の場所です。その役割を社内のどの等級に置くかが決まっていない——ここが未定のままだと、外の相場をいくら調べても数字は決まりません。
とはいえ、外部の水準を知らずに等級へ当てはめることもできません。そこで使えるのが公的統計です。ただし使う前に定義を押さえておかないと、提示額が実態からずれます。統計に出てくる「賃金」は、多くの人が想像する年収とは違うものだからです。
本記事では、厚生労働省の賃金構造基本統計調査の定義を確認したうえで*1、情報通信業の水準・企業規模・役職の差を見て、求人票の賃金欄まで落とす手順を整理します。なお本記事が扱うのは雇用したときの賃金であり、業務委託の単価や派遣の費用は別の話です。要件そのものの書き方はエンジニア求人票の書き方と必須14項目で扱っています。
目次
統計の「賃金」は年収ではない——まず定義を押さえる
賃金構造基本統計調査は、統計法に基づく基幹統計「賃金構造基本統計」を作成するための調査です*1。主要産業に雇用される労働者について、賃金の実態を雇用形態・就業形態・職種・性・年齢・学歴・勤続年数・経験年数別等に明らかにするもので、毎年6月分の賃金等について7月に調査が行われます*5。
ここで重要なのが「賃金」の定義です。概況で用いている「賃金」は、調査実施年6月分の所定内給与額の平均を指します*1。そして所定内給与額とは、労働契約等であらかじめ定められている支給条件・算定方法により6月分として支給された現金給与額(きまって支給する現金給与額)のうち、超過労働給与額を差し引いた額で、所得税等を控除する前の額です*1。
差し引かれる超過労働給与額として挙げられているのは、①時間外勤務手当、②深夜勤務手当、③休日出勤手当、④宿日直手当、⑤交替手当として支給される給与の5つです*1。
| 区分 | 中身 | 統計の「賃金」に |
|---|---|---|
| 所定内給与額 | あらかじめ定められた支給条件・算定方法による6月分の現金給与額から超過労働給与額を除いた額(所得税等の控除前) | 含まれる |
| 超過労働給与額 | 時間外勤務手当/深夜勤務手当/休日出勤手当/宿日直手当/交替手当 | 差し引かれている |
| 年間賞与その他特別給与額 | 賞与・期末手当等の特別給与 | 別に集計される |
実務上の意味は明快です。統計の数字を12倍しても年収にはなりません。残業代と賞与が入っていないためです。候補者に年収で伝えるなら、所定内給与額に相当する部分を12か月分にしたうえで、賞与の見込みを別に足す必要があります。ここを混ぜたまま社内で議論すると、提示の段階で数十万円単位のずれが出ます。
調査の規模も押さえておきましょう。令和6年の結果は令和7年3月17日に公表され、調査客体として抽出された78,679事業所のうち有効回答を得た58,375事業所から、10人以上の常用労働者を雇用する民営事業所50,682事業所について集計されたものです*5。
情報通信業の水準——産業計より高い、ただし年齢構成が違う
全体の水準から見ていきます。令和6年の一般労働者の賃金は男女計330.4千円、男性363.1千円、女性275.3千円で、男女計は前年比3.8%増でした*1。男女間賃金格差(男=100)は75.8です*1。この伸び率は男女計・男性・女性ともに平成3年以来33年ぶりの高い水準とされ、男女間賃金格差も比較可能な昭和51年以降でもっとも縮小しています*5。
産業別に見ると、男女計では「電気・ガス・熱供給・水道業」が437.5千円で最も高く、次いで「金融業,保険業」410.6千円、最も低いのは「宿泊業,飲食サービス業」269.5千円です*2。
情報通信業は年齢計で391.0千円(前年比2.6%増)、平均年齢40.8歳、平均勤続年数11.9年でした*2。産業計の330.4千円より60千円以上高く、16大産業のなかでは上位に位置します。男女別では男性412.3千円、女性333.8千円です*2。
| 年齢階級 | 賃金(千円) | 年齢階級 | 賃金(千円) |
|---|---|---|---|
| ~19歳 | 200.4 | 40〜44歳 | 439.5 |
| 20〜24歳 | 249.1 | 45〜49歳 | 474.5 |
| 25〜29歳 | 287.7 | 50〜54歳 | 485.2 |
| 30〜34歳 | 349.8 | 55〜59歳 | 520.5 |
| 35〜39歳 | 390.9 | 60〜64歳 | 330.9 |
この表の使い方には注意が要ります。年齢階級別の数字は、その年齢の人に払うべき額ではありません。現に働いている人の平均であり、勤続年数の効果と役職の効果が混ざっています。中途採用で30代半ばの人を採る場合、同じ年齢階級の平均が自社の等級と一致する保証はありません。
それでも役に立つのは、階段の傾きが見えることです。20代後半から40代前半にかけて上がり方が大きく、そのあと緩やかになる。この形が自社の等級表の傾きと大きく違う場合、特定の層で市場とずれている可能性を疑えます。
もう1つ、平均勤続年数11.9年という数字も読み方があります*2。産業計より短い水準であり、この業界では転職が相対的に多いことを示しています。裏を返せば、自社が採る側であると同時に、採られる側でもあるということです。提示額を検討するときに、既存社員の水準との整合を無視できないのは、この構造が理由になります。中途で入る人の提示額だけを市場に合わせると、社内の不公平が離職の側に跳ね返ります。
同じ「相場」が、企業規模と役職で動く
もう2つの軸を重ねます。ここを見ないまま産業平均だけで議論すると、提示額の根拠が弱くなります。
企業規模別では、男女計で大企業364.5千円、中企業323.1千円、小企業299.3千円です*3。この調査での企業規模は、常用労働者1,000人以上を「大企業」、100〜999人を「中企業」、10〜99人を「小企業」と区分しています*1。大企業と小企業では65千円ほどの差があり、自社の規模がどの区分かで参照すべき水準が変わります。
役職別では、一般労働者のうち雇用期間の定めのない者について、男女計で部長級627.2千円、課長級512.0千円、係長級385.9千円、非役職者302.8千円でした*4。非役職者を100としたときの役職・非役職間賃金格差は、部長級207.1、課長級169.1、係長級127.4です*4。
| 軸 | 区分 | 賃金(千円) |
|---|---|---|
| 企業規模 | 大企業(常用労働者1,000人以上) | 364.5 |
| 企業規模 | 中企業(100〜999人) | 323.1 |
| 企業規模 | 小企業(10〜99人) | 299.3 |
| 役職 | 部長級 | 627.2 |
| 役職 | 課長級 | 512.0 |
| 役職 | 係長級 | 385.9 |
| 役職 | 非役職者 | 302.8 |
役職別の数字は、等級設計の話としてそのまま読めます。非役職者と課長級の間に1.7倍近い差があるという構造は、多くの日本企業で共通しています。エンジニアの採用でしばしば起きるのが、この階段に乗らない人を採ろうとして詰まる形です。マネジメントは担わないが技術的な判断は任せたい——この役割を等級表のどこに置くかが決まっていないと、賃金欄は書けません。
解決の方向は2つでしょう。1つは、既存の等級に無理なく当てはめられる役割まで要件を絞ること。もう1つは、専門職の等級を新設すること。後者は制度改定になるため時間がかかりますが、同じ役割を継続して採るなら避けて通れない作業です。
提示額を作る手順——統計から求人票の欄まで
ここまでの材料を、実際の作業順に並べます。
- ① 役割を等級に置く。担ってほしい役割が、社内のどの等級に対応するかを決めます。ここが決まらないうちは外の統計を見ても進みません。
- ② その等級の所定内給与を決める。統計は企業規模と役職の軸で参照します。産業平均そのままではなく、自社の規模区分に合わせてください。
- ③ 超過労働給与の扱いを決める。時間外労働の水準と、固定残業代を採るかどうか。採る場合の書き方は明示のルールで決まっています。
- ④ 年収表記を組む。所定内給与の12か月分に賞与の見込みを足します。統計の「賃金」に賞与が入っていないことを、社内の議論でも確認しておきます。
- ⑤ レンジの上下を決める。上限は等級の上限、下限は見送りの基準に対応させます。
③については、募集時の明示のルールを押さえておく必要があります。時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度(いわゆる固定残業代)を採用する場合は、基本給と手当を分けて示し、手当が何時間分の時間外手当に相当するのかを書き、さらに一定時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給されることまで示す形が公表されています*6。「月給25万円(みなし残業含む)」のような書き方では足りません。
また、試用期間中に賃金が異なる場合の記載例も示されています。「月給25万円(ただし、試用期間中は月給20万円)」という形です*6。試用期間の条件を伏せたまま進めると、内定提示の段階で信頼を損ないます。
⑤のレンジについて1点補足します。上下の幅を広く取りすぎると、候補者は下限で読みます。逆に1点で示すと、経験の差を反映できません。等級の幅と対応させたうえで、幅の中でどこに置くかの判断基準(担当範囲の広さ、意思決定の経験)を面接官の間で共有しておくと、提示の段階で議論が短くなります。この判断基準は選考の評価基準と同じ材料です。詳しくは技術面接で人事が見極める5つの質問で扱っています。
額を動かせないとき、ほかに何を動かせるか
等級の上限が決まっていて、それ以上出せない局面は珍しくありません。そのときに何を検討できるかを整理します。
| 動かせるもの | 効き方 | 注意点 |
|---|---|---|
| 勤務地・勤務形態 | 通勤の負担が減るため、実質的な条件として評価されやすい | 運用が決まっていない「リモート可」は評価されない |
| 裁量の範囲 | 技術選定や設計の判断を任せる範囲を明示すると、経験者に響く | 実際に任せられる範囲を超えて書くと入社後に齟齬が出る |
| 学習・資格の支援 | 中期的な処遇の見通しとして機能する | 制度として整っていないと口約束になる |
| 等級の見直し | 同じ役割を継続して採るなら本質的な解決になる | 制度改定のため時間がかかる。今回の採用には間に合わない |
1行目については補足が要ります。勤務地の条件は母集団を広げる打ち手として有効ですが、賃金の代替にはなりません。運用のルールが決まっていないリモート可は条件として読まれないため、先に決めるべき項目があります。この点はエンジニア採用の母集団形成、先に決める9つのことで整理しました。
そして提示額は、入社後にも影響します。厚生労働省の雇用動向調査では、令和6年に転職入職者が前職を辞めた理由として、男性では「その他の個人的理由」と「その他の理由(出向等を含む)」を除くと「定年・契約期間の満了」14.1%が最も多く、次いで「給料等収入が少なかった」10.1%が挙がっています*7。提示額の設計は、採用の入口の話であると同時に定着の話でもあると考えたほうが実態に合うでしょう。定着の設計についてはなぜ中途エンジニアは早期に離職するのかで扱っています。
なお、賃金制度や等級制度の設計・改定が労働関係法令や就業規則に関わる部分については、社会保険労務士等への確認を経て進めてください。統計の参照値をそのまま自社の制度に持ち込むのではなく、あくまで自社の等級に当てはめるための物差しとして使う形にとどめてください。
まとめ:年収レンジを決めるための3つの整理
第一に、公的統計の「賃金」は年収ではないという整理です。賃金構造基本統計調査で用いている「賃金」は調査実施年6月分の所定内給与額の平均で、時間外勤務手当・深夜勤務手当・休日出勤手当・宿日直手当・交替手当といった超過労働給与額を差し引いた額です。年間賞与その他特別給与額は別に集計されるため、月額を12倍しても年収にはなりません。第二に、参照する水準は複数の軸で変わるという整理です。令和6年の一般労働者の賃金は男女計330.4千円で前年比3.8%増、情報通信業は年齢計391.0千円(前年比2.6%増、平均年齢40.8歳・平均勤続11.9年)でした。企業規模別では大企業364.5千円・中企業323.1千円・小企業299.3千円、役職別では部長級627.2千円・課長級512.0千円・係長級385.9千円・非役職者302.8千円です。産業平均だけを見ると、自社の規模や等級との距離を見落とします。第三に、提示額は等級に置いてから決まるという整理です。役割を等級に対応させ、その等級の所定内給与を決め、超過労働給与の扱い(固定残業代なら明示の書き方まで)を決め、賞与を足して年収表記を組み、レンジの上下を等級の幅と見送り基準に対応させる。この順序で進めると、賃金欄が書けない状態から抜けられます。額を動かせない場合は勤務地・勤務形態や裁量の範囲を検討できますが、いずれも賃金の代替にはなりません。同じ役割を継続して採るなら、専門職の等級を新設する検討が本質的な解決になります。
よくある質問
賃金構造基本統計調査の「賃金」は年収のことですか。
違います。概況で用いている「賃金」は、調査実施年6月分の所定内給与額の平均です。所定内給与額とは、あらかじめ定められた支給条件・算定方法により6月分として支給された現金給与額から、超過労働給与額(時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日出勤手当、宿日直手当、交替手当)を差し引いた額で、所得税等を控除する前の額です。年間賞与その他特別給与額は別に集計されるため、月額を12倍しても年収にはなりません。
情報通信業のエンジニアの賃金水準はどのくらいですか。
令和6年賃金構造基本統計調査では、情報通信業の所定内給与額は年齢計で391.0千円(男女計、前年比2.6%増)でした。平均年齢40.8歳、平均勤続年数11.9年です。産業計の330.4千円より高く、産業別では「電気・ガス・熱供給・水道業」437.5千円、「金融業,保険業」410.6千円に次ぐ水準です。ただしこれは産業全体の平均であり、職種別の数値ではありません。
年齢階級別の数字を、そのまま提示額の目安にしてよいですか。
そのままは使えません。年齢階級別の数字は現に働いている人の平均であり、勤続年数の効果と役職の効果が混ざっています。中途で採る人に同じ年齢階級の平均を当てはめると、自社の等級と合わない場合があります。使い方としては、階段の傾き(どの年代で上がり方が大きいか)を自社の等級表と比べ、特定の層で市場とずれていないかを確認する用途が現実的です。
固定残業代を採用している場合、求人票にはどう書けばよいですか。
厚生労働省の資料では、時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度を採用する場合の記載例が示されています。基本給を手当と分けて示し、当該手当が何時間分の時間外手当に相当するのかを書き、さらに一定時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給されることまで示す形です。「みなし残業含む」といった表記だけでは足りません。試用期間中に賃金が異なる場合も、その旨を併記する記載例が公表されています。
提示額を上げられないとき、ほかに何を提示できますか。
勤務地・勤務形態、裁量の範囲、学習や資格取得の支援などが検討対象になります。ただしいずれも賃金の代替にはなりません。特に「リモート可」は運用のルールが決まっていないと条件として読まれないため、実施場所やテレワーク可能日、費用負担などを先に決めておく必要があります。同じ役割を継続して採用するなら、専門職の等級を新設する検討が本質的な解決になります。
出典
- *1 参考:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査の概況」(令和7年3月17日公表)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/dl/14.pdf)。調査の目的・範囲、主な用語の定義(賃金/所定内給与額/企業規模/役職)、一般労働者の賃金の推移および男女間賃金格差の一次情報として(2026年8月確認)
- *2 参考:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概要 産業別にみた賃金」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/dl/05.pdf)。情報通信業の年齢計・年齢階級別・男女別の所定内給与額、平均年齢と平均勤続年数、産業別で最も高い区分と最も低い区分の確認として(2026年8月確認)
- *3 参考:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概要 企業規模別にみた賃金」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/dl/04.pdf)。大企業・中企業・小企業別の所定内給与額の確認として(2026年8月確認)
- *4 参考:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概要 役職別にみた賃金」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/dl/08.pdf)。部長級・課長級・係長級・非役職者の所定内給与額および役職・非役職間賃金格差の確認として(2026年8月確認)
- *5 参考:厚生労働省「『令和6年賃金構造基本統計調査』の結果を公表します」(報道発表資料)(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/dl/13.pdf)。集計対象事業所数、調査の実施時期、伸び率および男女間賃金格差についての記述の確認として(2026年8月確認)
- *6 参考:厚生労働省「募集時などに明示すべき労働条件が追加されます!」(改正職業安定法施行規則・求人企業向けリーフレット)(https://www.mhlw.go.jp/content/001114110.pdf)。求人票の賃金欄の記載例、固定残業代を採用する場合および試用期間中に賃金が異なる場合の書き方の確認として(2026年8月確認)
- *7 参考:厚生労働省「令和6年雇用動向調査結果の概要 3 転職入職者の状況」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/25-2/dl/kekka_gaiyo-03.pdf)。転職入職者が前職を辞めた理由として「給料等収入が少なかった」が挙がる割合の確認として(2026年8月確認)